昔々大昔、真冬にオーストリアを旅した時、安い民泊のお宿に泊まりました。
外は絵葉書に出てくるような雪景色、でも家の中は暖かい。どういうしかけになっているのかわかりませんが、壁が暖かいのです。この後、あちこちに泊まりましたが同じように寒い地方の家は壁がほかっと暖かいところが多くありました。
ところがベッドには1枚の掛け布団があるだけ。毛布がありません。室内は確かに暖かなのですが、汗をかくほどではなく、もしかしたら人によっては肌寒いという人がいるかもしれないような室温でした。
「毛布がなければ寒いじゃん」「寒かったら眠れないじゃん」と思い、「ブランケットください」とお願いにいったのですが、「ない」とすげなく断られ、しかたなくすごすごとその1枚の布団をかけて寝ました。
そして一夜が明けた朝。布団の中はぽかぽかを通り越してボカボカ。足を外に出したまま寝ていました。ものすごい暖かさなのです。これが羽毛の温かさなのだとその時初めて知りました。
軽くて暖かい羽毛布団が欲しいとは思いましたが、その後、日本で流行った羽毛布団はお値段が20万円とか30万円などいう、庶民が手の出るお値段ではなく、ずっと毛布と重い綿布団というコンビネーションの布団で寝ていました。
そこからさらに時が過ぎ、私は故郷を離れて東京に住み、とりあえずアルバイトを始めました。そこはネット通販会社が使用するソフトの販売で、私はネット販売をしているところに片っ端から電話をかけて、ソフトの売り込みをしていました。
そしてある時電話をしたのは布団屋さん。家族だけで仕事をしているような小さな布団屋さんでしたが、電話に出られたご主人と布団の話をしていて(営業には欠かせない雑談的トーク)、何気なく「羽毛布団は本当に暖かいですね~、昔から羽毛布団で寝るのが夢なんですよ~」と言うと、「じゃ、うちの商品買うかい?注文間違っちゃってさ、今安く出してるんだよ。普通こんなにいい商品、この値段じゃ買えないよ」と仰る。
「いくらですか?」と聞くと「送料込みで9,999円!お買い得だよ!」
憧れの羽毛布団が送料込みで9,999円。東京に来たばかりでお金は厳しいけれど、出して出せない金額じゃない。
家に戻ってじっくりそのお店のサイトを見て電話をかけ、「日中お電話した〇〇社の者ですけど、この写真の商品をください!」とお願いしました。
「いいよー。それにしてもほんとに買うんだね、営業の人はそう言っても買わないけど、アンタ、変わってるね」と言われながら、送料込み9,999円のお品をポチしました。
さて、どんなお品が来るのか。ぺったんこのが来たら嫌だな~とは思いつつ、長らく個人商店でお店をやっていた所だから下手な商売はすまいと到着を待ちました。
数日後、やってきた商品を見てびっくり!羽毛布団はかさ高といってふくらみがあればあるほどいいのですが、そのかさがハンパない。狭い部屋に置かれたベッドの上でふくれあがっているその存在感。狭い部屋がさらに狭くなってしまいました。
そしてその晩、大きな存在感の割に空気のように軽い羽毛布団をかけて寝たところ、あのオーストリアの時と同じようにぼっかぼか。寝る時に布団に体を滑り込ませたときは体が冷たいのでそれほどでもないのですが、その後に発する体温を羽毛が包み込むのでしょう。起きたときには暑さでオーストリアの時と同じように足を外に出していました。
これは友人が泊まった時に布団を貸してあげたら「この布団すごくあったかいね~!足を出しちゃってたよ」と驚いたので、私が熱を持っているわけではないでしょう。
友人から「どこで買ったか教えて」と言われて教えましたが、このボカボカに暖かい布団が送料込み9,999円とは、本当にいい買い物をしたと思いました。
そして数年後、懐に余裕ができたこともあり、ひとり暮らしをしている子どもに羽毛布団を買ってあげようとあのお店に電話をすると、めっきりと声の弱くなったご主人が「もう年だから店をたたもうと思って、在庫限りなんだ。羽毛布団はあと1枚しかなくて柄とか選べないけどいいかい?」と言われ、商品を見もせずに「品物がいいのはわかっているから」と言って買いました。
羽毛布団の寿命は10年位だそうで、12年経った我が家の9,999円の羽毛布団はたぶんかさは小さくなったのかもしれませんが、まだまだほかほかと暖かく体を包んでくれます。羽毛布団のよいところはこのかさ高のほとんどは空気なので、圧縮袋に入れるとぺたんと薄い布のようになり、夏の間仕舞うのにとても便利なところです。
子どもは先週「さすがに寒くて羽毛布団を出したよ。今陽にあててるところ」と言ったところを見るとまだ使い続けているらしい。
空からボタ餅が降ってくるとは突然いいことが起きることを言いますが、この羽毛布団も突然我が家に降ってきました。長い間欲しかったものが突然破格のお値段で手に入りました。こういうことがあるから生きてて面白いと思ったりします。