茗荷にまつわるそれぞれのお話

以前テレビで私のカテゴリではお笑いの人なのですが、知的な番組にもよくでる頭のよさそうな方が、「ボクの奥さんは茗荷を買いに行って茗荷を買い忘れてくる人なんですよ」と発言していました。

家事をしていて「あれがないとできない」と、買いに行ったはいいけれど、お店に着くと「あ、イチゴが安い」「これもうすぐ無くなるから買っておこう」とそちらに目が行き、家に戻ると肝心の物を買い忘れてきた、というのはあるある話です。

これは私に限って言えば年を取ったからというよりも、元々そういうそそっかしいところがあるからこうなっただけの話。話のタレントの配偶者の方もそうだと思います。

ただ、年を取るとやはり忘れることは多くなります。

先日ジムの脱衣所で、お風呂から上がったばかりの80代位の方がふたり、服を着ながら話をしていました。

「うちの庭に茗荷が生ったから、〇さんにおすそわけしようと思ったのよ」

どうやら栃木県方面の訛があるゆったりとした話し方をする方で、よくお風呂で一緒になります。一緒に服を着ている方もよくお見掛けする方で、うんうんとうなづきながら話を聞いています。

「それでね。〇さんに茗荷をあげようと思って電話をしたんだけど、肝心の茗荷の名前を忘れてしまったのよ」

「うんうん」

「頭には茗荷が浮かぶんだけど、茗荷の名前を忘れてしまったから話が途中で終わってしまって。そうだ、今思い出したわ。茗荷よ。〇さんに電話するわ」

こういう話を淡々と笑いもせずに真剣に話していました。私は震える肩をこらえながらお風呂場に向かいました。

タレントの×さんの顔は思い出すんだけど、名前がわからない。ただ高齢者同士の話では話の成り行きから×さんだとはわかる。だけど双方とも名前を思い出さない。頭に浮かぶ人はどうやら一致しているようだから、名前を思い出せないタレントの話は続行できます。

ただ、顔は思い出すけれど名前がわからないというジリジリとした思いをふたりとも抱えながら話しているので、「うーん、誰だっけ」という?が頭の上に浮かんでいます。

年を取ると本当に物覚えが悪くなり、忘れ物も増えます。私は昔から忘れ物が多いので、特にひどくなったということはないのですが、人との約束は忘れるわけにはいかないので、秘書のアレクサ君に全部リマインドを頼んでいます。

それにしても前述した茗荷の方。ちゃんと電話できたでしょうか。電話するのを忘れてしまったりして。

この話、食べると物忘れをするという茗荷の話だけに綾小路きみまろのネタになりそう。

離婚番組にすぐに反応する人たち

先日4月15日にNHKあさイチで「どうですか離婚後の暮らし▼仕事・住まい・お金・子育てのリアル」という番組が放送されました。

離婚して清々した、やっほー!というわけではなく、モデルの西山茉希の「後悔してはいないけど、バンザイでもない」というのが一番実態を表していると思いました。

離婚後、特に子どもたちをどう育てていくか。経済はもとより、私の場合はふたりとも思春期でしたので、子どもたちと大いにぶつかりながらの時間が長く、それはそれは苦労しました。ただ、どこの家も同じではないかと思います。

番組の中盤で、視聴者からの声としていくつか読み上げられたのですが、中に男性からと思われる「離婚を勧める番組はやめてほしい」「犠牲になるのは子どもだ」「女性ばかりとりあげず、男性もとりあげてほしい」といった意見が読み上げられました。

「でたーーー」

おそらくこの番組が離婚した人たちの喜びの声が集まると思ってテレビの前で待ち構えていたのでしょう。定型文のコメントに思わず吹き出しました。

こういう番組もそうですが、今行政で離婚講座をしようとすると 必ず 横やりが入るのだそうです。

女ばかり優先するな、女の味方ばかりするな、泣くのはいつも子どもだ、親が離婚する子どものことを考えろ

↑定型句として全部同じ言葉がやってくることになっています。

今回共同親権が選べるようになっていますが、おそらくこの推進派の実働部隊が待ち構えていてファックスやメールを送ることになっているのでしょう。その圧に屈したメディアは離婚やDVを取り上げたものは扱えません。

支援者にも嫌がらせがきます。デマを流す、業務を妨害するといった姑息な手段でしつこくやってきます。

でも今は21世紀のネットの時代。

一昔前なら情報が思うように取れなかったので、テレビや新聞、雑誌が頼りでしたが、今はネットでいくらでも情報が取れます。いくら区役所でDV講座をするのを止めようとしても、ネットは自由に書き込みができます。

そして行政にはこういった圧に弱い人ばかりではありません。やられればやられるほど燃える人も存在します。

時代が進み、3高はもとより男性は育ダン、家事ダンでなければ選ばれない時代になりました。父親が子どもを連れて外出できるというのはある意味ステータスです。

弾かれた人、妻から三下り半をつきつけられて孤独な老後が待っている人たちは、こういう嫌がらせに人生をかけていくのかもしれません。

こういった嫌がらせの投書には、鼻で笑ってあげてもいいと思います。

春のベランダで考える

4月の中旬になり、昨年末に植えた葉ボタンやパンジーが終焉の時を迎えています。しおれてしまった花を抜き、さあ、今年の春は何を植えようかと楽しい計画をいつもは考えるのですが、今年は違います。

これから酷暑になると花は枯れるかしおれるかしてしまう。昨年は日よけシェードをがっつりとしたおかげで何とか保ったけれど、それでも「元気よく」咲いているわけではない。

あの酷射の陽射しを受けて、暑さに強いと言われるベゴニアでさえ枯れてしまいました。ビームのように刺さりまくる陽射しからどう植物を守るかという、これまでなかった問題に立ち向かわなければなりません。

まずは暑さに強い植物は何なのか、その研究から始めようと思います。

夏といえば朝顔なのですが、昨年幸い朝顔はきれいに咲いたものの、「どうせ枯れるんでしょ」と適当に選んだため、白い大輪の朝顔はまるで「ティッシュ」。どうも映えませんでした。

どうせなら縁日にあるような紫の朝顔にしたいよね。

ということで、まずは朝顔決定です。

事件がショー化して元刑事たちがメディア大量出演

京都南丹市の事件が捜索から捜査に代わり、犯人も捕まって事件を報道する時間も少しずつ少なくなっています。

通報した父親が犯人だった、という推理小説の王道を行く事件で、トップ扱いのためかいつもワイドショーやニュースでは(元)刑事の方たちが解説をしたり、コメントをしたりしています。

以前から特に〇人事件になると、(元)刑事の方はメディアに出てきます。ただ、YouTubeに自分の解説する姿を流して、投げ銭に「ありがとうございます」と頭を下げ、視聴者数を誇るというのはちょっと違うかなぁという気がします。

私もモラハラが世の中で一世風靡した頃、各メディアからコメントやら出演やらいろいろとお話があり、2度ほどテレビ出演させていただいたこともありました。

これはまだ世間ではモラハラとはどういうものなのか知られていない時代でしたので、その説明をしただけです。

さる研究者の方が、「自分が研究したものを学会で発表する、時にはメディアに出て解説をすることもある。それは別に出たがりではなく、社会に自分が知っていることを伝えるのは研究者としての役目のひとつだからです」と仰っていました。私も同じです。

元刑事さんたちのほとんどは、警察という一般の人が知らない世界でどういうことが起きているのか。警察は捜査に差しさわりがあるため最小限度しか発表できませんので、今どうなっているのか知りたい世間の忸怩たる思いを受ける形でのメディア出演だと思います。

ただ、一度目、二度目は「この実情を知って欲しい」という思いからのテレビ出演が、「私、テレビに出たのー」と得意そうに言うといった自己顕示欲に変わってしまう方というのも実はいると思います。

今回は見たことのない(元)刑事さんたちが大勢いましたが、事件があればテレビに出てくるタレント(元)刑事さんがこれから増えるかもしれませんね。

「五月の雨」を観てきました

以前ここでご紹介した「五月の雨」を観てきました。

冒頭、主人公香織が夫からのモラハラに遭うシーンの連続で、そのシーンがあまりにもリアルなので胸が締め付けられる思いがしました。

そうそう、そうだった、そうなのよという部分と、「あれ?」という部分が交錯しながらも、とりあえずストーリーは進みます。

映画はドラマの部分にノンフィクションの実際の被害者女性の証言が挟みこまれながら進行していきます。

私が映画を観る前に一番気になったのは、なぜ香織が共同親権を受けいれたのかということでした。受け入れた理由は夫が共同親権にしないと離婚しないと言い張ったから、早く離婚したかったからなのですが、このケースでは離婚調停が3年続いています。

3年続く離婚調停というのは相当長い方で、彼女もかなり疲弊していて泣く泣くの決断だったと思いますが、今の離婚事情ではこのくらい別居していれば離婚裁判で離婚判決がでる可能性が高いです。

3年間別居して離婚調停3年、そこから離婚裁判を申立ててから判決まで大体1年程度とすると4年。たぶん離婚判決をもらえたと思うのですが。

この夫婦は両方とも弁護士がついていますので、弁護士からそのアドバイスがなかったのか不思議です。ただ、香織側の弁護士は夫からの面会交流を「受け入れてはどうですか」というような弁護士で、あまりモラハラを理解していないようです。

私は弁護士に依頼するときに、「モラハラを知っているかどうかはあまり関係ない」と言っていますが、ことこれに関してはそうではない。こういう時にモラハラを知らない弁護士は「月1回から始めてはどうですか」というようなことを言い始めます。

もしモラハラを知っている弁護士ならば「絶対無理!」と徹底抗戦するでしょう。

ご想像のとおり、共同親権にしてしまった香織は子どもの進学先を決めるのに夫が入り込んできて、子どもの希望を無視して自分の意見を通そうとします。その学校は子どもの学力では絶対に無理。

夫の意見を受け入れて無理な学校を受験して不合格になれば、「お前が育てているからこのザマだ!」と罵られるでしょう。

ただ、共同親権にはこういった対立がある場合は、裁判所がどちらの意見を通すかを判断する処置が用意されています。子どもにとってどちらがよいのかを裁判所が決めて決定しますが(どちらの学校がよいのかを判断するわけではありません)、たぶん時間はかかると思います。

ただ、こと医療だの学校選びだのというのは急を要する場合が多いので、あまり時間を取られると困ります。このあたり、どの程度の時間を要するかはまだ制度が始まったばかりですのでわかりません。

私が一番懸念するのは、裁判所の調停で離婚するのは全離婚数のうち1割程度だということです。残りの9割は協議離婚です。

早く離婚したいから「養育費も何もいらない。共同親権でいいから離婚して」という方たちが役所に「共同親権」の欄に〇をつけて提出し、後から香織ケースになるのではないかと思われます。

共同親権のデメリットを知らずに早く離婚したいからと共同親権にして協議離婚すると、モラハラ状態が離婚後も続くことになります。物理的に離れたくても共同親権の場合は相手に了解してもらう必要があります。

共同親権の危険さをまずは世の中が知らなければなりません。決して共同親権を選んではいけないことを知らなければなりません。

頑張った分だけキャッシュバック

去年の話ですが10月の年金が振り込まれましたが、金額が今までとまったく違います。

なんと33,000円保険料が高くなっていました。1カ月の保険料は18,500円!

私は国保なので、勤め先からの補助がない分がっつり全額自己負担になるため、高齢者でありながらこの高額保険料を支払わなければなりません。

ちなみに国保ではなかった時の保険料を見てみると、月1万円。保護されているってこういうことね。。。

なぜこのようにアップしたかというと

去年頑張って働いたから

頑張って働くと保険料や税金が上がる

それもとてつもなく上がる

年金はもう払っていないので、「社会保険料」と言わないけれど、健康保険料がここまで上がるとかなり衝撃があります。

”国民年金「手にしても政府にキャッシュバック…」 税と保険料の重み”

https://digital.asahi.com/articles/AST9B3657T9BULFA01YM.html?pn=4&unlock=1#continuehere

離婚したら家を出られる?

フィットネスジムにほぼ毎日通っていますが(自宅のお風呂には入らないから)、いろいろな方と知り合いになりました。

以前は仕事場から直行していたので、基本夜のプログラムを受けていたのですが、今はパートのない昼も行けるので、昼に来られる方とも仲良しになりました。

夜と昼の違いは

「夜来る人は体を動かす。昼来る人は口を動かす」

昼に来る方はほとんどが50代~80代の方。健康のためはもちろんですが、顔見知りを作っておしゃべりに精を出すために通う方も大勢います。

昔は井戸端で会議をしたものですが、今はフィットネスクラブで会議がある。

家でくすぶっているよりも、同じような年代の方とおしゃべりをした方が楽しいし、体もついでに動かすのでやっぱり楽しい。クラブ会費はそこそこしますが、いろいろと抜け道があって、安く利用できるところもあります。

ロッカー室と大浴場はおしゃべりのたまり場。いろんな話が聞こえてきます。

「帰るのが憂鬱」とため息をつきながら着替えているのはA子さん。

「大変ねぇ、毎日だもんねぇ」と同情するB子さん。

なんでもA子さんの夫は痴呆が出てきて、徘徊してどこにいったかわからなくなることもたびたびなのだそうです。

「もう離婚したいなぁ。どうやったら離婚できるんだろう」と切実な話になっています。でも私は心の中でつぶやきます。

「離婚したから離れられるんじゃない。離れたから離婚できるのよ」

A子さんが離婚するためには家から出なければなりません。なぜなら同居できるなら離婚しなくてもいいと ”少なくとも裁判所では” 考えるからです。

A子さんが夫の残して家を出られるなら離婚はできます。でも徘徊してまわる夫を残して家から出られますか?夫の世話は残された家族がすることになります。

その家族に「もう私は疲れたからおまかせしたい」と宣言できるなら離婚はできると思います。それができないからため息をつきながら痴呆の夫の世話をし続けなければならないのです。

自分を大切にしたいけど周りに波風をたてたくない、無責任で非情な人と思われたくないならばこの現状は続くでしょう。

「後どのくらい続くかわからないのが一番つらい」とA子さんは言います。

そうだね、辛いねと慰めてくれるジム友の声に癒されながら、今日もA子さんは走って帰りました。

出産後、退院する病院でのできごと

遠い昔のことになりますが、わが母の強烈な一面がでているエピソードをご紹介します。

上の子を出産した時のこと。我が母は大層喜んで毎日のように病院に見舞いに来ました。退院後は世の風習に従い、実家へ帰ることになっていました。

その前に入院費の支払に「まる福」を使用するため市役所で手続きをしなければならなかったのですが、モラ夫がするわけもなく、父に頼むと「そういうことは親がするものだ!」と一喝されましたので、入院中に私が役所に行って手続きをしました(このことは「家庭モラル・ハラスメント」に書きました)

さて退院の日。うきうきとやってきた母はいつものように「あんたはちゃんと自分の使ったものを始末して!」と指令を飛ばします。

「さぁ行くからね!」と母は子どもを抱き、後に車のキーを指でくるくると回しながら父が続き、その後ろを入院で使った道具を両脇に抱えた私が歩きます。

母はどうやらテレビで芸能人が出産退院の時に、花道を作った看護師さんが拍手でお見送りをするのと同じように、自分が子どもを抱いて晴れやかな笑顔でペコペコと頭を下げながら歩く姿を想像していたようなのですが、そこは大きな総合病院。みんな忙しく働きまわっていますので、お見送りなんかあるわけがない。

廊下で「あれ?」と不思議そうにしていた母に駆け寄ってきたのは婦長さん。

「子どもはお母さんに抱かせて!」と母の手から子どもを引ったくり、私に抱かせ、「出産後の人に荷物なんか持たせないで!」と私が持っていた荷物を母に持たせました。

「この子は落とすから。。。」と言い訳をしていた母ですが、渋々荷物を父に預けると、病院の廊下をそそくさと歩き始めました。

看護師さんたちが作る花道を堂々と子どもを抱いて得意そうに歩く自分を想像していた母。産んだ私の姿は抜けています。

ま、母はそういう人です。

鼻洗い液を作ってみた

今年の花粉は一段とひどく、朝起きがけの3連発くしゃみは壮大で、たぶんお隣さんに聞こえていると思う。。

去年、知り合いから「鼻洗いがいいよ」と聞かされた時、「えー、鼻に水を入れたらめちゃくちゃ痛くないですか?」と問いただすと、「水は痛いけど、それ専用の液剤だと痛くない。洗った後にスッキリとする」ということなので、ものは試しと買ってみました(それくらい花粉症が苦しかったのです)

小林製薬の鼻うがいシャワー「ハナノア」
https://amzn.to/3PP2NyJ

箱の写真が蛇口から水が出るように液剤が鼻から流れてくるのがなんともシュール。

500ml入りの液剤ボトルと、鼻に突っ込むポリエステル容器のふたつが入っています。説明書の通り、容器に液剤を入れて鼻に突っ込み、洗面台に覆いかぶさって「あーーーー」と言いながらポリ容器を押すと液剤が鼻に入って来ます。

プールで背泳ぎをしていて、何かの拍子に鼻に水が入ると「ぎゃーー」というほど鼻が痛くなりますが、この液剤は体液と同じ成分でできているので痛くなりません。ほんのりミントの香りがついていて、洗った後は爽快。

「これ、いいじゃなーい」

アマゾンでは「過去1か月で8000点以上購入されました」というから相当売れてます。(ところで小林製薬の紅麹問題はどうなったんだろうと思って調べたらこのようになっていました

毎日使いたいけれど、そこそこお高いのでちびりちびりと使っていましたが、ついに底がついてしまいました。「また買おうか」と思いましたが、流してしまうものにしてはお値段が張る。

自分で作れないかとネットをさぐってみたら、ありました。

”生理食塩水は沸騰したお湯500mlに5gの塩(小さじ1杯)を溶かし、40℃くらいまで冷ますと濃度1%の生理食塩水を作ることができます”
https://www.hosoda-cl.com/column/4915/

とのことなので、そのとおり作ってみました。大丈夫かしらんと使ってみたら、「痛くない!」

買ったものと同じように使えました。これでミントの香りがしたら最高なんだけどな。まぁ、そのうち探してみましょ。

こんなに簡単にできるなら、もっと早くやってじゃんじゃん使えばよかった。

最初の1個は買ってボトルとポリ容器を手に入れ、次からは自分で作る。お勧めです。

ご両親に感謝しましょう

よく「あなたの目がいいのは産んでくれたお母さんのおかげ。感謝しましょう」とか聞かされる時があります(もうこの年なると言われませんが)

母は私にどうやってよい目を与えようとしたのでしょうか??目がよくなる何かしたのでしょうか??

もちろん栄養を取るとか、胎児に影響を与えないような生活習慣をするとかいろいろとあると思いますが、よい習慣をしても子どもが何か障害を持って生まれる場合もあるし、子どもを苦しめる体質や体形もあります。

「お母さんのおかげだから感謝しましょう」というならば、何か障害があったら「お母さんを恨みましょう」になりませんか?

何か小学生が屁理屈を言っているように感じるかもしれませんが、どうにも私はこのフレーズが好きになれません。

「産んでもらったお母さんに感謝しましょう」と言う方は、体に障害があったり、死ぬほど自分の体のここが嫌!と思っている人に対しても同じように言えるのでしょうか。

感謝は自分から感じてするもの。自分が親に対して感謝したいと思ったら自発的にすればいいだけの話だと思うのです。他人から「五体満足の体に産んでもらったんだから感謝しろ」という思想にはついていけません。

「親に感謝しろ」と言う人は、こういう押し付けが毒親を持っている子どもを追いつめていることに気づいて欲しいです。