新聞紙タワーと無意識のジェンダー

北京オリンピックが始まりますが、やはり東京オリンピックで参加する喜びを知ってしまったからなのか、いつものオリンピックと違って今一つワクワクしません。本当に東京オリンピックのボランティア活動は楽しくて楽しくて、できれば次回もパリに飛んで行ってやりたいくらいです。

もう東京オリンピックが終わったので書きますが、オリンピックボランティアの選考面談会で行われたのはグループワークと2対2の面談でした。面談で私と一緒だったのは外語大に通うキュートな女子大生。「英語は大丈夫です!」と言い切り、「なんでもやります!車の運転もします!」と大いなるアピールができる彼女が眩しい。

さて、グループワークとはテーブルに20~30枚ほど積み重ねてある新聞紙を使って一番高く作れたグループが勝ちという競技でありました。1グループは8人ほど。みんな初めて会う人たちです。テーブルは10くらいだったでしょうか。

ここで私は「不利だな」と思ったことを白状します。私のテーブルのメンバーは全員女性だったからです。なんとなくこういう工作物は男性が主になって作るイメージがありました。「それにしても新聞紙でタワーって??」と、まったく想像できない私は他力本願装置にスイッチオン。

できないものはできない

「では始めます!スタート!」の声に、髪が長くて背の高いアラサーと思われる女性が口を開きました。「東京タワーのようなタワーを作ります!新聞紙を細く長く丸めてください」「土台を作ります!新聞紙を丸めて敷き詰めてください」と作業を指示。

さらに「きっと仕事ではバリバリなんだろうな」と思われる口調がきっぱりしている別の女性が「あなたはこれ、そっちはあなた」と人員配置を指示。それに従ってメンバーが動き始めました。彼女は「有明にオフィスがあるからオリンピックの施設がしだいにできあがっていくのが見えて、ワクワクするのよね」と言っていた人です。

東京タワーのようなタワーということだから、展望台部分という中間点を作るんだろうなと思ったので、私はその部分を作りました。建造物は土台が大事。タワーが高くなるにつれて揺れ始めた新聞紙の梁を落ち着かせるべく、メンバーに新聞紙を堅く丸めてもらい、土台の補強をお願いしました。

他のグループのタワーは形も進捗状況も様々。せっせと動いている人以外はぼーっと立っている人もいたりする。せっかく高く伸ばしたのにあっという間に崩れてしまうタワーもあり、悲鳴が上がる。

「終了!」の合図とともにタワーを支えていた手を離すと、かろうじて私たちの東京タワーもどきは自力で立ってくれました。結果は残念なことに2位でした。でも10以上あるグループの中の2位です。

「実は私、建築科の院生なんです」と照れながら話したのは「東京タワーを作ります!」と言った髪の長い女性。「なるほどーーー!」と納得しごくのメンバー。

女性は建造物は苦手、男性がいないと不利と思った私は、自分の中で隠されたジェンダーに気づかされました。私が立体構造物が苦手だからと言ってみんなが同じなわけでもない。女性にはあまりにも過酷だと思われていたのでマラソンは最初、男性だけのスポーツでした。でも走ってみたらちょっとは遅いけどちゃんと49.195キロ走り切れる。重量挙げだって、サッカーだってアイスホッケーだってできる。そうやってスポーツは進化してきたはずです。

オリボラ友が集まって、「またあの新聞紙タワーから始めたいねー」と誰かが言うと、みんな目をうるませてうなづきます。

やっぱりオリンピックは参加することに意義があるのかもしれません。

運のよい時期はイケイケgogo!

今日は2022年2月2日で2が5つ並ぶ日です。2月22日になると6つ並びます。7つ並ぶのは200年後です。

振り返ってみると2008年から2010年までの3年間、私はツキにつきまくっていた時期でした。それから12年後の2020年から2022年の3年間もたぶんいけるだろうと思っています。残念だったのはコロナ禍でいくつかのイベントが無くなったり縮小してしまったことですが、それもまぁ無くなったことで禍から逃れたのかもしれません。

人は12年間隔でラッキーな時期があるそうです。逆を言えばあまりよくない時期もあるということですが、その時は動かずにじーーっとしています。静かに蟄居でもしてます。そのメリハリを自覚して行動するのがいいかなと思っています。

本当に運のいい時は悪いことが起こる気がしない。どこで何をしても全部イケる気がします。だから怖いものなし。全部やります。この時を逃がすなとばかりに怒涛のように動き回ります。だってもったいないじゃないですか、12年にこの時だけなんですよ。何をやってもうまくいくというのは。

今まで生きてきて、どうやらこうだなという法則性がわかってきたので、自分の人生の流れに乗りながら、時には急流下りや岩ぼこもあるけれど、いつか見るであろう大海を目指しながら一寸法師は櫂を操るのだ。それもまた楽し。