二月の雪 ー マザーグース

毎年同じようなことを書いていますが、今年もあと2日になりました。夫の機嫌を伺いながらのお掃除、買い出し、お節づくりはまだ続いていますでしょうか。あの、目をぎらっと光らせて因縁をつけてくる様子には胸を締め付けられますね。

ただ、これはあなたに非があってのことではなく、彼はそういう気分になっただけ、仕事も休みなのでいつものルーティーンでなくなり、いつもと同じ動きができないのでイラついているだけ。自分に逆らえないと見下しているあなたにそのイライラをぶつけているだけです。

人間、何かを守ろうとすると臆病になって何もできなくなります。今の生活を守ろう、子どもを守ろうとするとフリーズして動けなくなります。動かない選択肢を決めたと思っている相手にハラッサーは徹底的に絡んできます。

無くしてもいいと腹が座れば、次の段階に進めます。それは何も離婚・別居するだけではありません。相手がこちらを甘く見なくなると相手の態度も変わります。中には懲らしめと離婚調停を申し立てる人もいますが、始まると大体早々に取り下げます。懲らしめなので最初から離婚するつもりはありません。めんどくさいですが、子どもの遊びと思って付き合ってあげましょう。

でも、日常的にこんなことをして、心が休まるわけがありません。体も弱ります。被害者の方はほぼ全員体の不調を訴えます。ストレスから早い時期に痴ほうが始まる方もいます。痴ほうで人は死にませんが、こんな人生は送りたくないものです。

私が「家庭モラル・ハラスメント」を作った時に、扉の後ろに書いてほしかったマザーグースの歌があります。編集の都合で本文の中に入りましたが、今年の最後にここに置きます。

二月の雪  

 三月の風  

  四月の雨が 

   五月の花を連れてくる

五月に咲いた花を見るとき、この花を咲かせるために、二月の雪や三月の風や四月の雨が必要だったのだと気づきます。きれいに咲いた五月の花を見るまでは、どうぞお体に気をつけて。

仲良し夫婦の条件

アラカンの頃になると、周りの同世代の女性たちからはひとりでいることをとても羨ましがられます。口々に「私もできるならひとりになりたいわ」と、私がひとりでいることを慰める意味で言っているのではなく、本当に心から夫が疎ましいようです。

なので、50歳を過ぎて夫と離別することを悩んでいる方を見ると「離れた方が楽よ」と言ってあげたくなります。夫が浮気などで離れたいと思ってる場合などは、有利な条件をつけてさっさと手を切ることを強くお勧めしたいです。きっと後から「あの時別れておいてよかった」と思う日がきます。

ひとりは寂しくはないかとひとりになることを恐れる人がいますが、もしたくさん趣味があって友だちがいる方は、ひとりで自由に時間が使えるはずなのに、それでも足りないくらいやりたいことが山ほど出てきます。

大体60歳を過ぎると夫は無用の物になりますが、中には仲の良いご夫婦というもの存在していて、その話を伺うとほぼ全部同じなのが「夫が料理をする家」です。

掃除や洗濯といったものは2・3日やらなくても死にはしませんが、食事だけは2回、夫が定年退職後は3回作らなければなりません。1回をお弁当で済ませたとしても、その次はパンというわけにはいきません。1回簡単に済ませたら、次はしっかりとした食事というのがなんとなくあります。

大体60歳を過ぎると楽しみは食事だけという場合もあります。知り合いで「死ぬまでにあと何回食べられるかと思うと、1食も無駄にしたくないだ」と言いながら、ちゃんとした食事を求めて安くておいしいお店を探していた人がいました。

家事の中で一番大変で、夫にとってもハードルが高いのがこの食事作りです。男の料理と言えば値段も考えずに材料を買ってきて、「あれはどこにある、この包丁使いづらい」と文句ばかりでかえって手間がかかったりするものですが、ほとんどの主婦は限られた予算で材料を買い、腐らせることなく使い切り、家族の好みを熟知して、栄養バランスを考えて品数多くと、こんなに大変なことを日に2~3回も行っているのです。

「週に1度でも代わって欲しいわ」という方も多いでしょう。それが仲のよい夫婦は妻が外出先から帰ってくるとご飯ができている、仕事が忙しい時期は全部夫が作っているといった様相で、誠に感謝感謝の相方なのです。架空の話ではなくこんな夫婦が実際に私の周りに何組がいます。

この男たちは「奥さんも疲れているだろうからさ」と、食事を作っていることを恩に着せるわけでもなく坦々とキッチンに立って作っています。特に料理教室に通ったわけでもありません。

仲のよい夫婦は大抵夫が食事を作っている。私の中の定義です。

飛ぶ教室

私が一番本を読んだのはたぶん小学生の頃だと思います。とにかくいつも本を読んでいましたが、家は貧乏なので本を買ってもらうことはできず、学校の図書館から借りて読んでいました。というわけで、図書貸し出し数は常にナンバーワンでした。

愛読書はいろいろありますが、お気に入りのひとつがエーリッヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」。第一次大戦後のドイツの男子寄宿舎を舞台に、少年たちが起こす出来事の物語です。

#「ドイツ」「男子寄宿舎」「ギムナジウム」とくれば「萩尾望都」「ポーの一族」「トーマの心臓」と連想が続くお年頃。とはいえ、私はあまりこの方面には夢中になれなかった部類です。好きな人はものすごく好きみたいですけどねー。

さて、この寄宿舎は裕福な子が通う学校なのですが、マルティン・ターラーは家が貧乏で奨学金を受けて学んでいます。

クリスマスの前、友人たちが家に帰るんだとはしゃいでいる時、マルティンに届いた母からの手紙に入っていたのは旅費には足りない金額の切手。

#お金を送るときは切手で送ったんですね、当時は。

「お前が家に帰るための旅費を工面することができなかったの。この切手でチョコレートを買って飲みなさい」と手紙に書いてありました。

#はて、チョコレートを「飲む」とは???

チョコレートとは食べるものなのに、飲むチョコレートとはいかなるものなのか。小学生の頃、すごーく想像力をかきたてられました。

みんなが帰省してがらんとした寄宿舎の中で、「泣くこと厳禁、泣くこと厳禁」と唱えながら枕に顔をうずめるマルティンに、舎監の正義先生の温かな手が差し伸べられました。

もー、めっちゃいいじゃないですかー。書いていながら泣けてくる。たぶん自分の家が貧乏で、他の子と同じようにはできないことを重ね合わせたのかもしれません。

クリスマスと聞けば、私はこの「飛ぶ教室」や「若草物語」を連想します。

この本の前書きに、こんな言葉があります。

人生、何を悲しむかではなく、どれぐらい深く悲しむかが重要なのだ。誓ってもいいが、子どもの涙は大人の涙より小さいということはない。大人の涙より重いことだってある

クリスマスの今宵、世界中の子どもたちが幸せでありますように

フリアコという働き方

旅行に出て、その地方のきれいな景色や珍しい食べ物を食べるのも楽しみですが、様々な人たちと触れ合うのも醍醐味のひとつです。今回の旅行でも普段会うことのない方たちに会って、新鮮な感動をいただきました。

そのひとりがゲストハウスにいた女性です。若い、と言ってもたぶん30代前半だと思われるその方は、ゲストハウスに住み込みで働いている方でした。ちなみにそのゲストハウスを訪れるのは私は2度目で、前回来た時は私以外全員外国人でした。訪日外国人が消え、観光業は大変な状況だろうと予想はしていましたが、ここまでとは思っていませんでした。

その前の土地で泊まったのは、同じようにゲストハウスですが、新しくできたビルの中にある建物で、ホテルにはない広い共同キッチンやランドリーといったゲストハウスならではの設備が整備され、旅慣れた人たちが泊まっていました。小さな子どもを連れた家族はたぶん1室をファミリーで使っているのでしょう。ゲストハウスはホテルよりも機能的です。

ところがお客は私ひとりのゲストハウスは外国人が好むような畳敷き、襖といった純和風で、コロナ前ならば繁盛できていたものが、襖や広々とした作りがかえってこの季節は寒々として(実際とっても寒かった)、日本人には敬遠されたようです。ロケーションがいいので今回も選びましたが、次回はないかも。

さて、そのゲストハウスにいた女性から聞いた話です。

「私、フリーアコモデーションなんです」と仰る。

「は?タダのお部屋?」「そうです。このゲストハウスに住み込んで働く代わりに、全部タダにしてもらっています」

部屋代、光熱水費、ネット代などは全部無料で使え、代わりに夜8時から朝8時までの管理をするのだと言います。管理と言ってもお客は手間のかからない私ひとりなので、ほとんどすることはありません。

「住むところがあると言っても食費なんかはいるでしょう?」「私、働いてるんで収入ありますから」

彼女は通販会社のコールセンター業務をしていて、パソコンからかかってくる電話に出たり、メールの応対をすることで給料をもらっているとのこと。

「パソコンとネットがあればどこでもできる仕事ですから。前はマレーシアでこの仕事をしてました」

ひとしきりコロナ禍の中の外国で違法スレスレというか違法労働をしていた(させられていた)お話などを伺い、普段は知ることのできない情報をいただきました。

「でもね、私、もう来年は実家に帰るんです。ここはとても住み心地はいいんですが、やっぱり家じゃないんです。私、家に住みたくなったんです」

長い旅をして、結局家が一番いいということに気づいたという「青い鳥」のようなお話。もしかしたら前の宿で働いていた若い人たちも、同じようにフリアコだったのかもしれません。

先日、自分の周りの世界しか認めない人と会話をすることがありました。もしその人に「こういう暮らし方もある」と言ったら怒りまくって「そんなやつら、将来困ったときに生活保護になったりするんだろう!老後の暮らしに困るんだろう!」と言いそうだな。まぁ、そういうこともあるかもしれないけれど、どう暮らしても結構一寸先はコロナの世の中。やれるときにやりたいことをやってみるのもいいんじゃないかと思った旅の夜でした。

大坂の火災事件について

つい先週まで私が所在していた大阪で大きな火災がありました。大勢の方が亡くなったというニュースに仰天しました。火事があったのは心療内科で、HPを見ると「働く人のうつ病/大人の発達障害外来(ADHD、自閉スペクトラム症」とあり、この障害に特化した診療も行っていたようです。

#都会の心療内科って、すごく親切ですね。地方にはまずない。。

この間まで歩いていたところが大きな事件になると、なぜ自分がそこに居なかったのかとふと思い、生かされている理由を感じます。

亡くなったこの病院の院長先生もとても患者に寄り添った診察をして下さっていたとか。「職場復帰を目指す心療内科」は心の病気の方たちにとってどれほど心強かったことかと思います。働きたくても思うように体や気持ちが動いてくれないとき、親身になって話を聞き、一緒に職場復帰に向けての治療を考えて下さっていたようです。

心の病気を治すのは難しく、発達障害の方が働くのは困難なことが多いです。東京にもこういう病院があるのでしょうね、地方は難しいけれど東京にはあるのだろうと思いますが、私はこの情報にアクセスできませんでした。

犯人は家庭問題で悩み、離婚していたというニュースもあります。家庭の問題が社会問題へ繋がるというのはよく知られています。家庭問題に携わるひとりとして、考えさせられることの多い事件です。

単身赴任の夫が帰ってくる日

ご相談でよく耳にするのが、「単身赴任をしていた夫が帰ってくることになった。どうしたらよいか」というご相談です。今まで離婚せずに済んだのは、夫が単身赴任で家に居なかったから。これからずっと居ると思うと、とてもじゃないが一緒に暮らすのは精神的にまいってしまう、ということです。

一緒に暮らせないのならば家を離れるしか手段は無く、「その日」が来るのは予想できたはず。でも、「仕事はパート程度なので、自活する自信がない」というもの判で押したように同じです。

夫が家に戻ってくるまでに時間はあったはずなので、自活の道を探しておかなければならなかったのですが、なんとなくズルズルと先延ばしにしていたというのもみなさん同じです。

私は父が長く単身赴任をしていたので、単身赴任家庭の状態はわかります。母は父が週末ごとに帰ってくるのをとても嫌がっていました。父は酒さえ飲まなければ穏やかな普通の人で、家で威張り散らすということはありません。それでも普段の日に居ない人がそこにいるというだけで、違和感があるのです。

一家を支えてくれている人にこんなことを言うのもナンですが、普段はいないものがそこにあると、邪魔とは言わないまでも、いらないものがあるという感じはどうしてもします。食べるものも母と子だけなら、夕食がうどんでもチャーハンでもそれで済ませられますが、男がひとりいるとそういうわけにはいかず、主菜、副菜と作らなければならない。それがとても手間だし、さらにいるだけで緊張感のオーラが漂うモラ夫ならばなおさらです。

中には「お願い」して家から通えない場所へ飛ばしてもらったという方もいましたが、大抵は単身赴任が終わる日は必ず来る。長く単身赴任をしていると、家の中で邪魔者扱いをされてしまうという話は聞きます。「私とお母さんはこっち側。お父さんはそっちの人だから」と線を引かれてしまったという人の話を聞いたことがあります。まぁ、その方は「そういう方」でしたから、それは仕方がないよねと心の中で思いましたが。

事務的な会話のみの冷たい仮面夫婦ならば一緒に暮らすことは可能ですが、夫が長く家におらずのびのびしていた分、急に窮屈になってしまい、その落差も体と心に堪えるでしょう。

夫が単身赴任を終える日。退職して1日中家に居る日。その日は必ずやってきます。それは考えておいた方がよいと思います。

旅立つ冬

茨木市の講座を終え、ちょっと関西をあちらこちらまわり、昨日東京に戻ってまいりました。国内を1週間旅するのは初めてのような気がします。旅している間もいろいろな友だちからあれやこれやのLINEは来るので、完全に生活圏から離れている気はあまりしませんでした。

その友LINEの中に「ジムの1月からのプログラム、つまんないねぇ」というのがありました。私の通っているジムは3か月毎にプログラムを変えていて、1月から新規プログラムになるのです。

話題になるのはコロナ禍が始まって、ジムは閉鎖と再開を繰り返し、いろいろな規制はありながらも続けてきましたが、この3か月毎のプログラム編成の度にいなくなってしまうインストラクターさんがいることです。いわゆる「切られた」状態です。

ファンが沢山いて、スタジオを満員にするようなインストさんでも次々に「切られて」いきました。友LINEについていた1月からのプログラムのPDFをながめて、ふと「ハナさんがいない」ことに気づきました。

「ハナちゃんがいないね」「うん、そうなのよ、どうしたんだろう」

ハナさんはいわゆる個別契約のインストさんではなく、準社員のような扱いでしたから、切られることはないと思っていたのですが、今日ジムに「ごあいさつ」の張り紙がしてありました。「今月いっぱいで退職することになりました。6年間、ありがとうございました」

いっぱいの笑顔の写真と共に、お別れの文章が綴られていました。退職後、故郷に帰るそうです。「ハナちゃん、大学から東京だから、10年間東京に住んでいたんだね」

ハナさんの故郷を私は知っています。ハナさんが「とってもいいところですよ~」と言うので、去年Go to を使って行ってみました。そして私もその場所が大好きになりました。

クリスマスの賑わいが終わった数日後に、ジムは年末年始のお休みになります。ハナさんはもう住んでいた部屋の片づけをしているでしょう。

ジムでのインストラクターの他に、時には駅前に立って勧誘のビラを配っていた、周辺のお店に突撃しては無料チケットを渡して頭を下げていた、スタジオで大騒ぎをしているとさっとやってきて、凛とした声で「お静かに願います!」と注意していた。そんなハナさんがとっても好きでした。

東京は多くの若者がやってきて、去っていくところだけれど、ハナさんにとっての東京はどうだったのだろう。コロナがなければもっと長くいて、別の生活が始まることもあったかもしれない。ハナさんが故郷へ帰る電車に乗るときには、賑やかに見送ってあげたい気がします。

ユーミンの「旅立つ秋」は好きな曲です。ハナさんはどんな思いで東京から旅立つのだろう。ハナさんには何か渡してあげたいなと思っています。

茨木市の講座終了しました

久しぶりに大阪での講座をさせていただきました。忙しい時期にもかかわらず、たくさんの方に来場いただき本当に感謝しております。

私の家庭も職場も変わり、また新しいステップに突入し、課題も見えてきました。そんな中での茨木市の講座でした。同盟サイトにこられている、古くからの盟友の方ともお会いすることができ、とても感激しました。

コロナの中でのこういった対面での講座の開催はとても難しいと思います。茨木市講座ご担者の方々にはたくさん御配慮をいただきました。リモートの講座は遠くまで出向かなくてもいいし、開催する側も会場を押さえたりする必要がないのでとても便利ではありますが、話をする方としてはこういった講座もありがたいなぁと思います。

コロナコロナの話は聞き飽きたとは思いますが、これを機会に変わってしまった世の中がどうなるか、人間の適応力が試されているように思います。

父と娘の関係

思春期の娘が父親を毛嫌いするという話をしていた時、ある男性が「それは近親相姦を防ぐための自然行動である」と言いました。彼はだいぶ人間の行動について研究をしたのだそうです。

「自然っていうのはそういう風になっているんですよ」「そして男性が若い女性を好むのは、繁殖のためには若い方が有利だからです」とも。

なんだか男が若い女に群がるのを肯定するための屁理屈じゃありません?だったら女性も若い男性を好むはず。

「女性が妊娠できる期間は限られていますが、男性はそうではありません。80歳になっても繁殖能力はある。だから子どもが生まれた後に育てるための資産を男が持っているかを女性は気にするでしょ?女性は一生に産む数は限られていますが、男は作ろうと思えば何万人でも作れますからね」

そして最初に書いたとおり、思春期の娘が父親を毛嫌いするのは当然なのだと言う。

「でも、私は父を毛嫌いしたことはないですよ。思春期の頃も臭いなんて思いませんでした。大好きというわけではないですが、嫌いではなかったです」

「そういう例もあります。私の研究ではね、父と仲の良い娘は仕事ができるんです」

あれ?誉められちゃったのかな。

確かに大人になってからはまったく社会の常識がわからず、ピント外れの母親よりも、社会経験の豊富な父の方が話が通じるので、父親の方とじっくり話し込むことが多かったように思います。

「子どもが自分の味方をしてくれない」「もっと父親を避けて嫌ってほしい」という被害者の方は多いです。ですが、社会に出て働くようになると、父の気持ちもわかるようになり、むしろまったくピンぼけなことしか言わない母親には何を言っても無理、ということになるという話は成長した被害者の方からも聞きました。

父を嫌ってほしい、私の味方になって労わってほしいと思わず、娘の話をじっくり聞くことも必要かもしれません。

同棲は100%女性が損

同棲と聞くと、私の世代は何か後ろめたいような、こそこそとするものといったイメージがあります。この世代は思いっきり「神田川」が原点ですので、四畳半、貧乏、キャベツばかりをかじるです。

ところが今の時代、結婚前に一緒に住むはごく普通になってきました。むしろ親世代が「お試しで先に一緒に住んだ方が、相手の生活態度がわからないまま結婚して後で失敗したになるよりもよっぽどいい」ととても寛容です。

私もその方がいいと思っています。ただし、モラ夫の豹変時期は (1)結婚したとたん (2)子どもが生まれたとたんの2つが盛時期ですので、一緒に住んでいた時は外面で、籍を入れたとたん、または子どもができたとたんというのは健在ですので、同棲時期がおとなしくても後から出てくる場合もあります。

「モラ夫とは中学の同級生だった」などという、長い期間の知り合いでも「結婚したとたん豹変」することもあります。

ただし、同棲は100%女性が損だということは知っておいてください。同棲は双方が合意して熱々の中で行われるものもありますが、男性が「ま、いっか」という程度で行われる時もあります。この場合、女性が「ゼクシィ買って来よう」とその気になっているのに比べ、男性はそれほど結婚を意識しているわけではない。「相手が勝手にその気になっているだけ」「他にいいのがいたらそちらに移るまでのお遊び」程度であることも結構あります。

一生懸命スーパーで材料を買ってきて肉じゃが作って、家庭的な人を印象付けたつもりかもしれませんが、実は彼はあちこち別件を物色していたりしています。男性の婚期は長い。収入や学歴やみてくれといったものが揃っていたら、50代で20代女性と結婚もアリです。

それに比べ女性は短い。子どもが欲しい男性ならば40代はまず選ばない。つまり20代~39歳までです。この短い時間を結婚するつもりがないような男と一緒に暮らしたら、とても時間を無駄に使ってしまうことになります。

男性は次々と若くて美しい女性と同棲を繰り返すことは可能ですが、女性はそうはいかない。
繰り返した末に理想の男性と巡り合うことがないとは言わないけれど、現実的ではないでしょう。ごく普通の一般的な女性が結婚を望むなら、遊びで同棲するような相手には近づかない方が賢明です。