経済観念はいろいろ

沢山の方とお話しさせていただいて、いつも思うのは「経済に関する話に普通はない」ということです。

お話の中で、ほぼ全員の方「普通はこうでしょう」と仰いますが、モラ夫が思う普通とあなたが思う普通は違うのです。これを「価値観の相違」と言います。

経済に特化して書きますが、消費するものにお金を使いたい人、物に使いたい人、子どもには惜しげもなく使いたい人、そこそこでいい人、親きょうだいに使いたい人、自分たちの生活を大事にしたい人、ひとつずつ取り上げてもお金に対する価値観は本当に人それぞれです。

実際お話しを伺っていても、私の価値観とモラ夫の価値観の方が、お話しくださる方の価値観よりも合っていることがあります。それをケチだと言われたら、私はケチだと思います。でも今までどうしようもなくお金がなかったことはなかったし、何とか暮らしてこれたのは、身の丈にあったつつましやかな生活を実践してきたからだと思います。

前にもご紹介したことのある「リベラル・アーツ大学」の両学長ですが、超がつく富裕層ですが、その暮らしぶりはそれほど豪華なわけではありません。彼は必要なことにはお金を惜しみませんが、不要なものは排除します。徹底的に排除ではない。80%程度ゆるく排除します。このあたりが私の経済観念と同じなのです。

#昨日も駅前のお菓子屋で、お饅頭3個セット買っちゃったよ~。特売だったんだもん

私は家賃など家にかかる経費を除いたら、たぶん10万円で暮らせるんじゃないかな~。そして100万円の特別収入があっても変わらない。それは貯金する。←多くの日本人はこのタイプだと思いますけど。

10万円あったら暮らせる人と、100万円あっても足りない人がいる。このふたりが結婚したら、それは毎日バトルなのは当然でしょう。

「家族のゆくえは金次第」というのは、信田さよ子さんが書かれた本ですが、相談に来られる方の多くはお金にまつわるものがほとんどと言っていいほどです。これは夫に限らず、親、きょうだい、子どももそうです。お金の問題さえ解決すれば、どうにか暮らせる夫婦は多いものです。

私の場合、お金に関する価値観は夫とぴったんこでした。価値観同じ。旅行など、残らないものにお金を使う、物にあまり執着しない。ただ、夫はモラ夫なので、私が必要なもので、自分は必要としないもの、例えば私の着るもの、使うもの、化粧品などは自分は必要ないので排除対象。

これがモラ夫はケチ夫と言われるゆえんです。