迷い道

「かもめが翔んだ日」 は私のカラオケ定番の曲ですが、歌っている渡辺真知子さんのデビュー曲、「迷い道」もかなりヒットした曲でした。(すいませんね、おばちゃんの懐メロで)

「現在過去未来~♪」で始まる曲ですが、この曲の中で「ん?」と思わせる歌詞があります。「まるで喜劇じゃないの ひとりでいい気になって 冷めかけたあの人に 意地を張ってたなんて~♪」の部分です。

カレの態度があんまりだからさ、プイっとして帰ってから、ちょっとお仕置きのつもりでしばらく連絡を取らなかったのよね。ま、カレは私にぞっこんだから、そのうち連絡してくるでしょうよと思っていたのに、なかなかlineを寄こさない(ここ、電話と書こうとしてあわてて書き換えた。いいかしらね、lineで。おばちゃん、若いもんに付いてくのキビしい)

だって、あの時のカレったら、絶対ひどいと思うし、私、間違ってないし。甘い顔するとつけあがるから、しばらく放っておいた。
気にはなるわよ。でも、いつもカレの方から「ごめん」ってlineが来るから、今度もそうなると思ってた。lineが来ても、しばらく既読は付けないでおくわ。いい気味。今度こんなことしたらただじゃおかないから。

でも、もう半月って、あんまりじゃない?「ごめん」って言えば許すのに、なんで何も言って来ないのよ。あったまに来ちゃう。

もう3週間。いいか、今回は。許してやろうか。こっちからlineしてあげよう。カレ、泣いて喜ぶかも。

    って、ウソ!!ブロックされてる!なんで?!!なんで!!?

「迷い道」から40年近く経っているからツール設定は変わってしまっていますが、こういうことは今も昔と変わらずあるでしょう。大体その昔、我が家のモラハラ離婚の発端になったのは、このシチュエーションでした。元夫が「自分をナメている女を懲らしめよう」と実家帰り、私がいつ土下座をして謝りに来るかと手ぐすねひいてを待っていたのに、一向に来ない。かといって帰った手前戻ることもできず、イライラの怒髪天だったのです。

モラハラを知って、夫と離れようと思っていた私に、元夫が自分から家を出てくれたのは渡りに舟以外の何物でもありませんでした。

別れをこちらから言い出せないことは、男女問わずあります。「もう、この人とつきあいたくない」と思っても、長年の付き合いだし、いきなり「もうお付き合いはやめたい」と言うほどのことでもないし、でも、距離取りたいし。

そんな時、相手から何かで腹立ちまぎれの八つ当たりで暴言を吐かれたら、これはもう再び渡りに舟。超ラッキーです。許しを請われても「いえいえ、とんでもございません。本当にごめんなさいねぇ。許してもらえなくてもしかたありません」と言えます。

誰かと距離を取りたいとき、この手を使えるといいですね。

あおり運転の加害者

この1週間、メディアでは毎日常磐自動車道でのあおり運転加害者のことで持ち切りでしたね。私はテレビ朝日で放送された第1回を見ていました。こういっては何ですが、この程度の傷害で指名手配は普通ないでしょう。だって盛り場での乱闘なんて毎度よくにあるんですから。

おそらくこの加害者はほかにも同様の犯行を重ねていること、このまま野放しにしていたら死亡事故が起こる可能性もあることから指名手配をしたのでしょうねぇ。車を包丁に言い換えれば、あちこちで言いがかりをつけては包丁(車)を振り回す男がいたら、それは指名手配になるでしょうよ。

ところであおり運転の車に同乗していた女も逮捕されましたが、部屋からは女性の悲鳴が聞こえたなど、DVがあったことをうかがわせる報道があります。もしかしたら実際そういうことがあったかもしれません。ただ、私はこの同乗ガラケー女性を支援したいという気持ちにならないのです。

51歳の女性が将来の不安を感じ、金持ち男性と結婚しようとしていたというのは、どうしても私の生き方と合わないのです。私の近くに同じく51歳で、自分らしい生き方とやらをしてきて、今になって「お金持ちいないかしら」と目をうろうろさせている人を知っているからかもしれません。「今の子たちって割り勘なんですってね。私は食事をしたら誰かが払ってくれると思っていたわ」という発言もゲンナリ。

あおり運転の同乗者とこの彼女とは違うことはもちろん承知です。でも、同じものを持っています。「誰かに依存して生きようとする姿勢」です。「王子様を待たないで。社長の奥さんを目指すより社長になろう。お寿司(すし)と指輪は自分で買おう」 は西原理恵子さんの著書の言葉ですが、これが私のスタンスと合致するのです。

だからこのガラケー女性の生き方を否定したいのです。もし起訴されて(されるかな?この程度で)裁判になったら、やれマインドコントロールだ、洗脳だと言ってくるのでしょう。逃げ道はそれしかないから。でも、それは「金持ちと結婚して贅沢したいという生き方」ツケですから、誰も共感しないと思うのですよ。

年金分割について

年金分割は夫が厚生年金等をもらっていた場合、基礎年金部分以外のものを1/2、結婚した結婚生活分夫から妻へ移動させるというものです(ここでは夫が収入が多いことを前提に書きますが、もし妻が多い場合は逆になります)。これは夫の承諾がなくても、調停等で決まった場合は、事務的に行われます。どんなに夫が嫌だと言っても1/2が移動されます。

私は1/2以外は聞いたことがありません。これは調停や公正証書に記載したものを年金機構に持って行って手続きします。これは妻が自分でします。

そして離婚前でも「今離婚した場合、自分はいくらくらいもらえるだろうか」と年金機構に行って聞くと教えてもらえます。もちろん夫に「お宅の奥さんが聞きにきた」などと教えることはありません。

そこで年金機構に行って、自分に移動される年金額を聞きに行かれる方がいますが、たいていはがっくりして帰ってきます。大体夫自身の年金額が低いんだから、その一部の結婚した年限分というと、本当に少ない金額です。仮に妻が3号だったとして、夫から移動してもまだ生保の金額に届きません。そして移動することによって、夫が生保以下の金額になることもあるでしょう。それでも分割は可能です。

つまり、夫婦ふたりで暮らしていれば、少ないながらも生活できるのですが、離婚した場合はふたりともそれぞれ生保以下で暮らすことになります。生保より足りない分は補うよう役所に申請することができます。なので、夫から補ってもらっても、役所から補ってもらっても、こちらがもらう金額は一緒です。

え~、管理人はモラハラ夫とは離れろって言ってたのに、一緒に暮らす方を選べと言うのかと思われた方がいるかもしれませんが、どちらがよいかの話ではなく、実際世の中はこういうことになっているということは知っておいた方がよいと思って書きました。

離婚に備えてがっつりヘソクリを貯め込んでいる方もいますし、離婚後、自分が困らないように資格を取っている方もいます。何にもせずに、「夫からの年金分割があるから左団扇」ではないことは、押さえておいた方がよいと思います。

じゃぁ、生活保護っていくらもらえるの?については、住んでいる場所は家族体系によって違いますが、大体これくらいはもらえるという計算はこちらがしてくれます。

https://seikatsu-hogo.net/

私が仕事を辞めなかったわけ

私が結婚をした頃は、住んでいた場所が田舎だったせいもあり、結婚=退職は当たり前でした。実際中学から仲良くしている仲間内でずっと仕事をしていたのは私ももうひとりだけ。彼女はずっと独身ですから、結婚しても同じ場所で働き続けたのは私だけでした。

周りも結婚したら退職して子どもを産んで育てて、子どもが小学生になったら月収7万円程度のパートをするというのが普通でした。私の職場も例外ではなく、寿退社の人たちもいることはいましたが、ちょうど私が結婚をする頃は少し状況が変わってきていました。

職場環境が結婚しても続けられるようなものだったせいもあり、辞める人が激減した時代でした。更に子どもを産んで辞めない永久共働きも普通になりました。田舎で三世代同居が多かったこともあり、「母さんは稼いでこい。私が子どもの面倒を見る」という姑たちの意識変化もあったと思います。

ただ、私が仕事を辞めなかったのはそれだけではありません。

よく私がモラハラ離婚した時に「熊谷さんは仕事を持っていてよかったね」と言われますが、夫は快く働かせてくれたわけではありません。そりゃぁものすごい嫌がらせは山程されました。

元夫は嫌がらせをして、私を退職に追い込み、収入源を絶ち、家庭内に閉じ込めようと企んだのです。その最たるものは、結婚1ヶ月目から渡される生活費ゼロ。なんで収入のあるお前に金を渡さなきゃいけないんだと言われました。その謀略も乗り越えて働き続けたのは、子ども時代、父からずっと「誰のおかげでメシが食えると思っているんだ」と言われ続けていたからです。

父はもう亡くなりましたし、離婚の時は大活躍してくれましたので、もう水に流していますが、あの「誰のおかげでメシを~」は、言い返せない分、キツイ言葉でした。「誰のおかげで~」と言われることの惨めさをとことん思い知った子ども時代でした。「もう二度と『誰のおかげでメシが食えると思っているんだ』と言われたくない。だから元夫からどんな嫌がらせをされても働き続けたのです。

HSPと生きやすさ

モラハラパブにかめいさんがHSPについての投稿をしてくださったので、それについて書いてみます。余談ですが、ずっと前、かめいさんが投稿してくださった時は「(禁止ハンドルネームの)仮名」かと思ったものです。「ん~、ま、いっか~」とそのままにしたのですが、さて、かめいさんは何のことだったのでしょう。かめいさん、今度教えてください。

さて、HSPとはどういうものかですが、HSPで検索するとたくさん解説しているサイトがありました。その中に自分がHSPかどうかわかるサイトがありましたので、やってみました。

https://hsptest.jp/

結果は↓
HSPではないと思われます。HSPの人たちに比べるとストレスの少ない生き方ができるかもしれません。敏感な人たちにとっては時にうらやましい能力です。

どうしよう、鈍感であることが証明されてしまった。。。

ただこの診断ですが「他の人に比べて音に対して敏感である」など、人と比べる項目があって、「人って誰?」「普通ってどれくらい?」と比べようがない質問があるので、それはどうかなと。大きな音をたてて、その中の何人かがすごくびっくりしたら、人より敏感になるに○できると思いますが、何もなければ比べようがないもんなぁ。

とはいえ、これは私が生まれた時からずっとそうだったわけではなく、少女の頃はそれなりに敏感でしたし、モラハラ被害者になってしまうだけあって、人の評価は気になったし、誰からも好かれる人になりたかったし、人の機嫌をいつも気にしている人だったのです、私だって。

ではいつ頃どうやって鈍感力を培ったかといえば、やはりモラハラ禍脱出後、たくさんの本を読み、たくさんの方とお話し、たくさんの善に触れたことで、一気に変わったと思います。それはもう血液を全交換したくらい変わりましたね。人の評価なんて気にしないですから、今。気にしないというよりもどうだっていいと言った方がいいかもしれません。評価でメシが食えるか!くらいの感じでしょうか。

私のプロフィールの中に座右の銘として「 暖簾に腕押し糠に釘、蛙の面にしょんべん 」としてあります。これはサイト立ち上げ当時、モラハラは一歩間違えば何でも人のせいにしてしまう被害者意識の塊などと言われ、誹謗中傷の嵐になるかもしれない。誰から何を言われても、どうぞどうぞ言ってください、お好きにどうぞと聞き流すために出したものです。事実2ch(当時)に「傷のなめあい」などと書かれたこともありました。言いたい人は好きなだけ勝手に言えばいい。私は馬耳東風でサイトを続けるという意思表示の言葉でした。

それにしてもHSPの特徴を読むと、これは生きるのにしんどいだろうなと思います。私なんて、考えの中心がいつも自分だから無理しないもんなぁ。嫌なものは嫌って言うし。ただ、言い方は考えますよ。そこは世の中の荒波に揉まれましたもん。

「人に好かれて何になる。でもあえて嫌われる必要もない」そこはアサーションですよ。
アサーションについてはいろいろ本があるので調べてみてくださいね。