結局悪いことはできないもの

「Nが死んだって」と子どもからいきなり言われて、一瞬息が止まりました。まだ30代。私の友だちはみんな生きているのに、どうして子どもと同年代の人たちはこうも次々と亡くなっていくのだろう。

そして「ああ、やっぱり悪いことはできないものなのね」とも思いました。N君はとてもサッカーが上手で小さな頃からレギュラーでした。彼は中学生の時に同じ部活のB君を虐め抜き、ついには転校させてしまったのです。彼と同等の技量を持つB君の存在が疎ましたかったのかもしれないし、それ以上に彼の性格の悪さがそうさせたのかもしれません。

N君に虐められたB君はうつのような状態になり、ついにはNという駅の名を聞くだけでブルブルとふるえるようになったといいます。いかにその虐め方がすさまじかったかを感じさせます。

このままではB君がおかしくなってしまうと思った両親は、祖父母のいる他県へB君を転校させました。

成績優秀なN君は一流大学へと進学し、未来は明るいのだろうなと思っていました。彼は意地が悪い子どもでしたが、その母も同じように意地悪で、ママ友たちの間でも近づきたくない人と言われていました。

とにかく口が悪い人でした。私も何度か嫌な思いをしたことがあります。自分の言ったことが人を傷つけるとはまったく思っておらず、平気で人を蔑みました。

そのN君が亡くなったと聞いたときには「悪いことはできないものね」と思いました。人の生き死にの時に貶めるようなことは言ってはいけないとは思うものの、N君が傷つけた人たちはきっと膨大な数になるであろうと思うと、やはり「因果応報」と思ってしまうのです。

神様はきっと見ているものなのだと思わざるをえません。