王座の譲渡

私が離婚を迷っていたとき、背中を押してくれたのが精神科医の言葉でした。

「男の子は父と殺し合うかもしれない」

それはもうびっくり仰天でしたが、この「殺し合う父と息子」は何もモラハラ家庭だけでなく、普通の家庭でも起こりうることです。実際私の周りでも、殺し合うまでは行かないまでも、殴り合いの喧嘩になったという話は多く聞きます。ただ、モラハラ家庭は父親の支配がものすごいのと、父の政権への執着が常軌を逸しているので、大事になる可能性はあります。

相談を受ける方から「夫はとても子どもを可愛がります。子どももとても夫になついています。だから離れることをためらってしまいます」と伺うことがとても多いです。ただ、この時の子どもの年齢はだいたい小学校低学年までです。

その後、子どもに自我が芽生え、自己主張するようになると、夫は力で押さえつけようとして子どもに手をあげるようになります。子どももそんな父を恐れて最初はビクビクしていますが、体が大きくなり、年を取り衰えていく父に勝る力を持つようになると、殴り合いの喧嘩になります。そして、たいていは新しい王が誕生することになっています。政権交代です。

これを私は間近で見ていました。我が家ではなく義兄宅でしたが、このとおりのことが起こりました。子どもに負けた義兄は翌日朝から急にペコペコしだし、息子に「何か欲しいものはないのか?」などと手をこすらんばかりに言ったと義姉から聞きました。このコントのような展開に、義姉も呆れ顔でした。

ただ、義兄の腹いせは義姉と娘という、他の弱いものに向かうようになっていったとのことです。モラ夫はどうしても常に誰かを餌食にしないと生きていけない人物なのです。

「夫は子どもをとてもかわいがっている」というのは、子どもが自分の言うことを聞いている年齢までです。その後はふたりでこの家の政権を争うことになります。ただ、ある3世代が同居している家で、政権を持っているのは祖父で、中年の父はまだその支配下にあるという事例も見たことがありますので、交代が起こらない場合もままあるようです。

この家の場合、祖父が孫を猫可愛がりして甘やかしたため、両親は子どもを躾けることができず、子どもは両親を見下し、成長してからモラハラ夫になってしまいました。

本来家庭内の政権は力による譲渡ではなく、子がその年令になったら、父は座を下りて次の世代に譲るのが正しいやり方であるのは言うまでもありません。そういった平和に世代交代が行われる家は家族がみな穏やかで、「父は優しい人だった」と、亡くなった後も愛され続けます。