春は人事異動

日本は4月が年度の始めなので、多くの会社が4月前に異動の発表があります。これ、お役所が異動するから一緒に異動なんでしょうか。それとも学校の始めが4月だからそれに合わせてなのか。ともあれ今年は明日新しい元号の発表があるので、ちょっと盛り上がっていますね。

さて、私の職場でも人事異動の発表がありました。年に1度の大イベント。これで人生が大きく変わる人が出てくるので、それは大変です。
私は以前いわゆる「人事課」という所に属していたことがありました。ちょっと驚きだったのは、異動が発表になって、私が人事課に行くことが決まるやいなや、今まで全く見向きもしなかった人たちが親しげに寄ってきたのです。

確かに人事を扱う部署はいろいろなことを知ることができます。全員の給料額、賞罰、時には家庭の事情まで知ってしまうことになります。大体人事異動そのものも事前に知ります。これはある意味権力を持つに等しい立場かもしれません。だって、人の秘密を握るんだから。私にすり寄ってきた人たちはその権力の分前が欲しくてすり寄ってきたのでしょう。「ねぇ、あの人なんであそこに行ったか教えて」とか、「家庭の事情」とか、とにかくみなさん知りたいようです。じゃ、お前は知りたくないのかと言われれば、それは知りたいけど、誰かにすりよって聞き出すなんてことをしてまで知りたくないかなぁ。他にやることがないんだろうか。

先日テレビでマスコミが新しい元号をリークするのにやっきという話になって、学者の方が「時間がくればわかることなのに、なんで1秒早く知ることにそんなに必死になるのか不思議です」とコメントしていました。マスコミはスクープが勲章だから必死になるのでしょうが、なぜ普通の人たちは人よりも早く知りたがるのでしょうか。

夢見る時

「幸せ!ボンビーガール」のページで紹介されているゆうさんもそうでしたが、上京ガールたちの夢は「シンガーソングライターになりたい」「芸能マネージャーになりたい」「コスメショップの店員になりたい」など、キラキラの夢を持っています。この番組の始めでは、ボンビーだったけど今は成功している芸能人が紹介されます。それは「今にきっとあなたも夢が叶うよ」とメッセージを送りたいのだろうけれど、たぶん多くのガールたちは夢破れるのだろうなと、テレビを見ている人のほとんどは思うでしょう。

旧windに書きましたが、私の子がまだ高校生の頃、見果てぬ夢ばかりみているのにイラついて、心理学の研究者の方へ愚痴をこぼしに行ったことがあります。先生は「子どもだから夢を見るんです。それが無理だと気がついたら、また別の夢を見る。そうやって子どもたちは、現実とすり合わせることを覚えていくんです」

そうだな。上京ガールたちもきっと夢から実現までは遠いことに、いつか気づく時がくるだろう。そうしたらまた別の夢をみたらいい。でもその時に、自分がコテンコテンになるほどの傷を負わなければいいなと思います。若い人の無防備な一筋さは、怖いほど危うい。立ち上がれない程の傷を負わないよう、この道しかないという鋼の意思のそばに、ふわっとした逃げ場も用意しておいてほしい。

いや、もしかしたらそんなおばちゃんの心配なんか吹っ飛ぶほど、今のガールたちは結構したたかかもしれない。そうであってほしい。

いつだったか、上京ガールたちのその後を追った回がありました。その中のひとりは、やはり夢破れて東京を離れていました。でも「東京を甘く見ていました。でも、もう一度リベンジします」というガール。次は用意周到にね。

3月のせいか、大型キャリーを引いて歩く人が多く見られます。私は11年めの東京生活になります。

幸せ!ボンビーガール

鍋料理用になるような野菜が余ったので、お鍋にしようとスーパーに行き、「お鍋の素」を買おうとしたら、ない。何もない。

お鍋は季節商品なのね。3月になったら、見事に棚から消えてしまった。何かでダシをとったらと言われても、あるのは野菜だけなので、何か味付けがほしい。特に冷凍うどんが残っているのでこれを処理せねばならない(理由は後ほど)。しかたがないので味覇(ウェイパー) を使うことにしました。私はつい最近この中華味の素 味覇(ウェイパー) を知ったのですが、職場の人たちはみんな知ってました(遅)。

味覇(ウェイパー) を知ったのは「幸せ!ボンビーガール」です。若くて一生懸命がんばっているボンビーな上京ガールたちが、ボンビーな料理を披露するコーナーがあり、それで知りました。私は人工的なチキンブイヨンの味があまり好きではないので、友人に頼んでベトナムから「フォースープキューブ」を買ってきてもらって、それを刻んで使っていたのです。これはビーフ味より海鮮味の方が好き。

私はこの番組を見ていると、「ああ、自分もこうだったなぁ」としみじみ思いだします(私もボンビーな時はあったさ。思い起こせばボンビーな時の方が長い)。一番好きなのは「部屋探しコーナー」。地方から上京してきたガールが、放送局の人と一緒に不動産屋さんをめぐって部屋探しをするコーナーです。大体みんなの予算は5万円前後で、

「希望する場所は渋谷」

トカ、仰います。 ぜってー無理!

この番組を見ていて、不動産屋の手が大体わかってきましたよ。まず、安くて汚い部屋を見せる。それからちょっとずつ値をあげていい物件を見せていく。差が2千円とか3千円だったら、こっちの方がいいでしょうって、ガールならみんな思うよね。でも、放送局のカメラがついていく時点でもう反則でしょー。そのお店にある、特上の物件をだすわよね。

この番組を見ていると、狭いワンルームで一生懸命生きているガールたちが、たくさん東京にはいるんだな、って改めて思います。ただ、気になることがひとつ。

主のいないfacebook その2

ひとりは闘病後、遺児を残して亡くなりました。あとの二人は自死でした。これは私だけなのか、みなさんもそうなのかはわかりませんが、私の周りには自死した方が結構多く居て、数を挙げれば両手でも足りないくらいです。大体親戚筋もいるし、直接の友人もいるしで、自死は私にとってそれほど遠くない出来事なのです。

みんなそれぞれに事情を抱えていて、その事情を聞けば「そこまで落ち詰められていたんだ」とか「え!そんなことになってたの?」とか思いはいろいろありますが、何にせよ、まだ20代の自死というのは痛ましいものがあります。

突然ある日、ママ友の子が亡くなったということを子どもから聞きました。「え!」と驚いて別のママ友Aに連絡を取ると詳しい事情を教えてくれました。自死している子どもを発見したのはママ友本人でした。その時の光景を想像すると、これはママ友の心が壊れてしまうと思いましたので、あらゆるつてをたどってグリーフケアをしてくれる団体を探し、ママ友Aに伝えました。その時私は団体の責任者の方と電話で話をしましたが、子どもを自死で亡くした方のケアは非常に難しく、長い月日が必要となること、現在も同団体で子どもを自死で亡くされた方のグリーフケアを続けている方がいるとのことでした。

主がいなくなって更新されることがなくなったその子のfacebookを読むと、亡くなる前に何度も「故郷(地元名)に帰りたい、帰りたい」と書いてありました。私の子も「帰りたい」と言いますので、彼らにとって故郷は本当に蜜のような甘くて心地よい場所なのだと思います。

でも私の子どもが「帰りたい、でも帰れない」というように、故郷にはもう、若い世代を受け入れる体力がありません。働く場所もない、子どもが産まれても、その子を消滅可能都市で育てるのが果たして正しいのだろうか、今のうちに大都会へ移った方がよいのではと、子どもは相談を受けるそうです。

エリートになりたいとか、ガンガンお金を稼ぎたいとか、彼らはそんなことは望んでいません。工場のラインに並んだり、スーパーの品出しをしたり、保育士さんになったり、そして家庭を築き自分が学んだ小学校へ子どもを入れる、たったそれだけのことが今は難しくなっています。

もうひとりの子、カスミちゃんについては、細かく書けば短編小説ができるほどの思い出があります。その当時はわからなかったけど、カスミちゃんのお母さんは多分DV被害者だったのだろうと思います。

主がいないfacebook

よく何か事件があると、メディアの方たちは真っ先に名前をググってfacebookやtwitterの記事を探すようです。SNSに住所や電話番号を入れている人もいて(海外の人に多い) 私は「よく怖くないな」と思います。ネット黎明期、メルマガに投稿をした人のドメインが出ていて、それが勤め先からの投稿だったりして、その勤務先に「お宅の社員はこのような発言をしている」と電話が入る、ということもありました。何しろセキュリティなんかない時代、私もお昼休みに同僚とネットゲームをしていたこともあります(ああ、古き良き時代かな)

2年前、友人が「てるみくらぶ」の被害に遭い、あまりネットに詳しくない彼女に代わって、私が情報を集めたことがありました。すると、同じように被害に遭った人たちが書いたtwitterだったかfacebookに「○○テレビです。ぜひお話を聞かせてください!」「朝のワイドショーです。ぜひお話を」というのがずらずらあって、「なるほど、メディアの人たちはこうやって取材する対象を探しているのか、と思いました。

私はほとんどfacebookやtwitterを使わないのですが、3人、もう書き手がいなくなったfacebookのアドレスを持っています。3人とも20代で亡くなりました。もう書き手がいなくなったのに、ネットには生きていた頃のままの記事が載っています。3人とも、私の子どもの友人でした。

お宝発見!

「お引越し作業大変だったでしょう」というねぎらいのメールをいただいたりして恐縮です。ただ、お引越し自体はそう大変でもなかったのです。ジオシティーズはウェッブからの編集が可能で、HTMLを知らない人でもホームページ制作ができるというのがウケたのですが、私は自分でHTMLを書き、FTPソフトでアップロードさせていましたので、新しいサーバーにそれをそのままアップロードさせてやれば完成!なのです。このFTPでアップロードするという作業ができない方は、今回のサービス終了で自分のホームページを持つことができなくなってしまい、断念された方もいるようです。そういう方はこのwordpressはネットが繋がっていればどこからでも編集できるので、こちらでもよいとは思うのですが、何分最初はどう手をつけてよいやらわからないので、敷居が高いと思います。

引っ越しの時は、ページ内に「geocities.jp」という文字がある場合、ジオシティーズそのものが無くなってしまうので、これを書き換えてやらなければならないというのがちょいと面倒と言えば面倒だったかな。でも「編集」の「検索機能」や「置換機能」を使えばイッパツなので、これもそう大したことでもなかった。1時間もかかったかな、という感じです。

引越し作業で一番最初にしたのは、ジオシティーズのサーバー内にあるファイルを全部ダウンロードすることでした。自分のPCから消してしまっているファイルもあったので、過去のファイルを一個一個開けてみたら、結構なお宝が眠っていたのです。もうリアル引っ越しの際に本の間にはさんだ1万円札を見つけた!とか、古いアルバムを見つけてじっくりと思い出にふけったとか、そのノリです。ザクザクお宝が出てきて、リアル引っ越しと同じようにあの時の情景を思い出しました。

そこでこのお宝を眠らせておくのはもったいないので、コンテンツの中に「お宝倉庫」を作って、そこに置いておくことにしました。もう10年以上も前にどなたかが作った替え歌なんかもあって、結構笑えます。

若い方やネットをあまりやらない方は「ジオシティーズって何?」と思われるかもしれませんが、20年後に「フェイスブックって何?」と言っているようなものかもしれません。