私が仕事を辞めなかったわけ

私が結婚をした頃は、住んでいた場所が田舎だったせいもあり、結婚=退職は当たり前でした。実際中学から仲良くしている仲間内でずっと仕事をしていたのは私ももうひとりだけ。彼女はずっと独身ですから、結婚しても同じ場所で働き続けたのは私だけでした。

周りも結婚したら退職して子どもを産んで育てて、子どもが小学生になったら月収7万円程度のパートをするというのが普通でした。私の職場も例外ではなく、寿退社の人たちもいることはいましたが、ちょうど私が結婚をする頃は少し状況が変わってきていました。

職場環境が結婚しても続けられるようなものだったせいもあり、辞める人が激減した時代でした。更に子どもを産んで辞めない永久共働きも普通になりました。田舎で三世代同居が多かったこともあり、「母さんは稼いでこい。私が子どもの面倒を見る」という姑たちの意識変化もあったと思います。

ただ、私が仕事を辞めなかったのはそれだけではありません。

よく私がモラハラ離婚した時に「熊谷さんは仕事を持っていてよかったね」と言われますが、夫は快く働かせてくれたわけではありません。そりゃぁものすごい嫌がらせは山程されました。

元夫は嫌がらせをして、私を退職に追い込み、収入源を絶ち、家庭内に閉じ込めようと企んだのです。その最たるものは、結婚1ヶ月目から渡される生活費ゼロ。なんで収入のあるお前に金を渡さなきゃいけないんだと言われました。その謀略も乗り越えて働き続けたのは、子ども時代、父からずっと「誰のおかげでメシが食えると思っているんだ」と言われ続けていたからです。

父はもう亡くなりましたし、離婚の時は大活躍してくれましたので、もう水に流していますが、あの「誰のおかげでメシを~」は、言い返せない分、キツイ言葉でした。「誰のおかげで~」と言われることの惨めさをとことん思い知った子ども時代でした。「もう二度と『誰のおかげでメシが食えると思っているんだ』と言われたくない。だから元夫からどんな嫌がらせをされても働き続けたのです。

夫がご飯を食べないときは

魔のゴールデンウィーク10日間8日目ですね。つぶやき板では家庭の様子を投稿してくださっている方がいます。どこのご家庭でも同様でしょう。そんなに家が嫌なら、ひとりでどっかへ行けばいいのにね。家にいるのは、どこかへ行くとお金が減るからです。この人たち、とことんケチだから。

さて、元夫の場合、機嫌が悪くなると無視が始まり、その後「メシ食わねぇ」コースに突入しました。こうなったらもうお手上げ。2週間程度はそのままです。食事を作ってテーブルに並べても、自分でお惣菜を買ってきて、テレビを見ながら同じ部屋で食べ始めます。何が楽しくてこんなことをするのかと疑問の方。

ただの嫌がらせですから

特に意味はないし、ただのあなたへの当てつけだし、あなたに原因があるわけではないから気にしないでくださいと言っても、嫌な気分ですよね。黒いオーラは部屋中に満杯だし、子どもたちもビクビクしているし。取り敢えず、あなただけでも気にしないでください。

何度も言いますが、あなたのせいではなく

ただの嫌がらせですから

私の場合、ともかく3人分作る。自分の分は作らない。なぜなら食べないくせに作らないと「お前は俺が食べないとメシも作らないのか!」と怒鳴られるので、取り敢えず3人分だけ作ってテーブルに並べておく。もう1人分は前の残り物かなにかを適当に並べておく。もし万が一夫が食べるようだったら自分はその残り物ですます。でも、まずこの状況では食べないでしょうね。

夫が食べなかったら、朝食かお弁当のおかずにする。この状態が2~3週間続くと怒鳴って責め始めるので、頭の中であっかんべーして離婚届を突きつけた時のびっくり顔を想像しながら聞くふりをする。

夫は本当に自分のことを食事をしたくても妻が自分を怒らすので食べられないかわいそうな被害者と思っていますから、何を言っても無駄です。

あなたは悪くありません。おかしいのは相手です。

これだけはしっかりと覚えておきましょう。


GWの買い物は

今日は平成最後の日ですが、テレビが大晦日風になっていて、ありゃりゃりゃと思っています。そんなにみんなでしんみりせんでも(笑。今日が明日になるだけじゃけ(笑
みんな「令和ってピンとこないね」とか言ってますが、私は平成もピンとこず、慣れないまま31年が過ぎて終わろうとしています。生まれてからずっと昭和だったのに、ある日突然「平成になりました」と言われてもね。慣れないまま令和になるのでしょう。あともう1回改元に立ち会えるかな。

それでも「平成を飾った歌特集」を見ていたら、ああ、思い出すわ。音とか匂いといったものは、視覚からはいるものよりも脳がずっと鮮やかに当時のことを再現してしまいます。元年からずっと、辛かったことばかり思い出す。私が離婚したのは2003年と覚えていたのですが、平成だと15年なんですね。平成の半分がモラハラ生活ですよ。

「love マシーン」は今連載中の「主のいないFacebook」で登場しているカスミちゃんや大勢の子供達が、みんなで踊っていた曲です。
Misiaの「Everything」は今は元夫がよく聞いていた曲でした。三波春夫だの北島三郎だのジジ臭い趣味の夫が、この曲は好きでしたね。この曲が流行っていたあたりが家庭内別居状態だったのではなかっただろうか。家庭内別居は慣れると楽なものです。夫の機嫌を気にしなくてもいいし。これについてはまた後で。

でも、一番モラハラ生活ストレートに結びつくのはChemistryのPieces of a dream。これは離婚の1年前に聞いていたもので、モラハラ生活の結びつきがあまりにも濃いものだから、聞きたくない曲のトップです。

さて、一昨日布団圧縮袋を買いにニトリに行ったら売れ筋の品が品切れ。「GWで物流が止まってまして、再入荷はGW明けです」とのこと。100均に行って冷蔵庫の脱臭剤を買おうとしたら、棚が空。

「GWなもので」

本当にまったく大晦日状態になってしまった。



主のいないFacebook その3

詳しい事情は控えますが、カスミちゃん家族は夫から避難してある場所に住んでいました。その場所は生活に余裕のない方たちが住む場所でしたので、カスミちゃんもそうなのだろうとは思っていました。ただ、私の住んでいた地域ではそれだからと言ってその場所に住んでいる子どもたちをいじめるとか、陰口を叩くとか、そのようなことは一切ありませんでした。思えば「子どもをみんなで守ろう」という意識の高い地域だったのだろうと思います。いい場所で子育てできたことは、私にとってとてもラッキーなことでした。

今、南青山に児童相談所を作ることに反対している人たちが反対活動を行っているようですが、私のモラハラ活動で関わった方の中には超がつく高級住宅地に住んでいた方もいます。金持ちだったら児童虐待をしないかといったらとんでもない!救急に携わる方に「家の中で暴れているという通報で出動すると、大きな家であることが多い」という話を聞いたことがあります。

DVと貧富は関係ありません。どうも貧乏な家庭で、父親が酒を飲んで暴れて、母親に殴る蹴るして、子どもたちはいつも汚い格好をしているというのがDV家庭だと思われている方がいるようですが、本当にマジ関係ない。父親の職業を陳列できないのが残念なのですが、DVに貧富はまったく関係ありません。

そしてカスミちゃんも、そのような逆境に負けず、明るくて、正義感がたっぷりの子でした。個人特定されたくないので、エピソードが書けないのが残念なのですが、きっと大きくなったら子どもの頃と同じように、いつも輪の中心にいるようなステキな人になったのではないかと思います。

そんなカスミちゃんが居なくなったのは突然でした。


魔の10日間の必需品

ページトップの写真が、桜から藤の花になりました。以前外国人の方に「桜が終わったら、次はウイステリアね」と言われて、なんのこっちゃと思って調べてみたら、藤の花でした。

その方が見せてくれたのは、あしかがフラワーパークの藤棚の写真でした。私が知っている藤棚とは全然違う、ほとんど芸術品のような写真がたくさん並んでいました。あしかがフラワーパークは、日本人の方でも知っている方はそう多くないのではないでしょうか。今は外国人の方がInstagramなどを見て行かれるようです。私もいつかはこのあしかがフラワーパークでウィステリアを見たいと思っています。

さて、あと数日でゴールデンウィーク中に突入いたします。毎年ゴールデンウィークが終わるまで、夫の機嫌をがどうなるか、祈るような気持ちで過ごしている方が多いと思いますが、何せ今度は10日間。かなり心を引き締めて臨む必要がありそうです。

そこでオススメなのがこの本です。

「心の傷を癒やすカウンセリング366日」

1年366日。毎日ひとつずつ短い内容のアドバイスが書いてあります。提言だったり、慰めだったり、共感だったり、その日によって違います。これを毎日1つずつ読むだけで「ああ、そうだよね」と心の成長ができそうなことがたくさん書いてあります。366日が終わったら、また1から読み直してしまいそうです。ぜひ1冊手元に置いて、心のよりどころを作ってください。

そしてこの本なら、もし万が一モラ夫に見つかっても大丈夫だと思いますよ。

家計簿をつけよう!

私が調停をした時に、大きなトートバッグに持っていったのは19年間つけ続けた家計簿でした。夫は結婚1ヶ月目から生活費を私に渡すことがなかったという証拠の家計簿です。最初の頃はご丁寧にも献立まで書いていました。夫は特に食べ物にうるさかったので、「これしか作れないのか!」と言われないようにつけていたものです。

被害者の方のご相談を受けていて、「家計簿をつけていますか?」と伺うと「つけている」とお答えになった方はほとんどいません。みなさん「つける時間がなくて」とか「つけてもしょうがないので」と言います。夫が「妻が浪費家で困っています」と調停委員に言った時、家計簿をつけていればそのようなことはなかったと証明できるし、夫は嘘をつく人だと調停委員に思わせる絶好のネタなので、つけた方がいいと思いますよ。

被害者の多くは「夫は外面が良いので、調停委員はきっと私のことを信じない」と言います。だったら、この夫は嘘つきだとしっかり印象づけられる家計簿をつけましょう。調停では「妻が1千万円を使った(持ち逃げした)」と堂々という夫がザラにいます。

夫は口がうまいんでしょ?外面がいいんでしょ?説得力があるんでしょ?
だったら、それをひっくりかえしましょうよ。だめだ、できない、と言っている時間があったら、家計簿をつけましょう。今はスマホアプリでスキャンして家計簿になるものがあるそうです。ちなみに私は「てきぱき家計簿マム」というソフトを使っています。項目と数字を打ち込むだけなので、楽ちんです。結構日記がわりにもなって、重宝しています。

コツはざっくりとつけることです。「もやし18円」とつけなくても「食費1350円」でOK。食品と雑貨が入り混じっていたら、どちらかにつけておく。時々交互にする。こんな感じでいいんです。難しく考えなくても、最後の収支が合っていなくても、会社じゃないんだから誰も怒りません。やり続けるとなかなか楽しいもんです。

でも、「今は時間がないから後でつけよう」と思っていると、あっという間に1ヵ月が過ぎてしまいます。3日に1度は家計簿とご対面する癖をつけましょう。


HSPと生きやすさ

モラハラパブにかめいさんがHSPについての投稿をしてくださったので、それについて書いてみます。余談ですが、ずっと前、かめいさんが投稿してくださった時は「(禁止ハンドルネームの)仮名」かと思ったものです。「ん~、ま、いっか~」とそのままにしたのですが、さて、かめいさんは何のことだったのでしょう。かめいさん、今度教えてください。

さて、HSPとはどういうものかですが、HSPで検索するとたくさん解説しているサイトがありました。その中に自分がHSPかどうかわかるサイトがありましたので、やってみました。

https://hsptest.jp/

結果は↓
HSPではないと思われます。HSPの人たちに比べるとストレスの少ない生き方ができるかもしれません。敏感な人たちにとっては時にうらやましい能力です。

どうしよう、鈍感であることが証明されてしまった。。。

ただこの診断ですが「他の人に比べて音に対して敏感である」など、人と比べる項目があって、「人って誰?」「普通ってどれくらい?」と比べようがない質問があるので、それはどうかなと。大きな音をたてて、その中の何人かがすごくびっくりしたら、人より敏感になるに○できると思いますが、何もなければ比べようがないもんなぁ。

とはいえ、これは私が生まれた時からずっとそうだったわけではなく、少女の頃はそれなりに敏感でしたし、モラハラ被害者になってしまうだけあって、人の評価は気になったし、誰からも好かれる人になりたかったし、人の機嫌をいつも気にしている人だったのです、私だって。

ではいつ頃どうやって鈍感力を培ったかといえば、やはりモラハラ禍脱出後、たくさんの本を読み、たくさんの方とお話し、たくさんの善に触れたことで、一気に変わったと思います。それはもう血液を全交換したくらい変わりましたね。人の評価なんて気にしないですから、今。気にしないというよりもどうだっていいと言った方がいいかもしれません。評価でメシが食えるか!くらいの感じでしょうか。

私のプロフィールの中に座右の銘として「 暖簾に腕押し糠に釘、蛙の面にしょんべん 」としてあります。これはサイト立ち上げ当時、モラハラは一歩間違えば何でも人のせいにしてしまう被害者意識の塊などと言われ、誹謗中傷の嵐になるかもしれない。誰から何を言われても、どうぞどうぞ言ってください、お好きにどうぞと聞き流すために出したものです。事実2ch(当時)に「傷のなめあい」などと書かれたこともありました。言いたい人は好きなだけ勝手に言えばいい。私は馬耳東風でサイトを続けるという意思表示の言葉でした。

それにしてもHSPの特徴を読むと、これは生きるのにしんどいだろうなと思います。私なんて、考えの中心がいつも自分だから無理しないもんなぁ。嫌なものは嫌って言うし。ただ、言い方は考えますよ。そこは世の中の荒波に揉まれましたもん。

「人に好かれて何になる。でもあえて嫌われる必要もない」そこはアサーションですよ。
アサーションについてはいろいろ本があるので調べてみてくださいね。

【再掲】被害者は共依存か

被害者の中には「自分は共依存なのではないか」と悩んでいる方が時々います。共依存とは頼られた相手にとことんつくすことで自分の存在価値を確かめるという ものです。お互いに依存している。だから”共依存”です。

よく例として取り上げられるのは、アル中夫の飲酒を何とか止めさせたいと、かいがいしく世話をする妻という構図です。 自分は共依存ではないかと思う方はおそらく、自分は相手が望むものを常に先読みして行い、相手に心地よい環境を提供しているからと思っているせいではないでしょうか。 ではなぜ先読みをするのでしょう。それをしないと相手が怒るからですよね。


怒鳴るか、黙るか(無視するか)、物を投げるか、ドアを大きな音をたてて閉めるか、子どもたちに八つ当たりするか、嫌みを言うか、 生活費を入れないかなどなど、そのツールは山ほどあります。先読みして、「はい、新聞」、「はい、リモコン」「はい、お箸」と手渡すあなたは 幸せでしょうか。

共依存ならばそうすることで、自分はこの人に無くてはならない人なんだと感じることができるのだから、それは喜びのはずです。 でも、多くの被害者は「はい、リモコン」と夫にリモコンを渡すときの顔は引きつっているか、びくびくしているか、ともかく幸せとはほど遠い顔つきをしています。

被害者はリモコンを渡すとき「今の状況と夫の視線から想像するに、今彼が欲しているのはリモコンであると推察されるが、果たしてこれは正解だろうか」と祈るような気持ちで 手渡しています。オーバーなと思われるかもしれませんが、それは被害者になってみなければわからない感情でしょう。そこまで追い詰められるのです。

もし 間違っていたらあの恐ろしいモラハラが始まるきっかけを作るわけですから、それは必死になります。あなたのために尽くしている私を感じるのが幸せなんて、いったいどこの話かですよ。

被害者の多くは夫が仕事に出て行くとき、「今日、事故で死んでくれないか」と思いながら送り出します。これはモラハラ被害者として、とても一般的な感情です。 もし共依存なら、世話をする相手がいなくなってしまったら自分の生きる価値が無くなってしまうわけですから、そのように考えることはありません。


だからモラハラ被害者は共依存ではないのです。

広告だらけのブログ

私のサイトには広告がありません。これはジオシティーズの頃からずっと続けています。サーバを借りるのもアメーバなどに自分のブログを作るのも、無料の場合は大体広告が表示されると思います。広告を表示したくない場合は料金を支払うのですが、これはみなさまからご協力頂いている、アマゾンと楽天のアフィリエイトの収入があるので広告無しを続けられています。アフィリエイトでいただいたお金はレンタル掲示板(現在4板)やメールフォームの使用料やサーバー利用料に使われています。

アマゾン、楽天、共にサイトでご紹介している書籍だけでなく、どこからでもクリックして入っていただいてお買い物をしていただくだけで、規定のアフィリエイト料金が私に支払われる仕組みになっています。サイトや掲示板を維持していくために年間2万円弱の費用が必要なのですが、今のところこれを維持できるだけの収入があります。収入履歴を見るたびに、みなさんがコツコツとこのサイトを支えて下さっている気持ちが伝わり、「がんばるぞ!」という気持ちになります。

ところで最近知人のブログを見たら、骨盤矯正下着が1秒毎にはみ出したお腹の肉をその下着の中に詰め込んでいく動画が広告に入っていてドン引き。小さな容器に蒟蒻ゼリーをキツキツに詰め込んだら、詰め込みすぎてあふれてしまった状態を逆回転させているみたいに、ぺろんとハミ肉が下着に入っていく。

これ、私が検索した結果で出ているわけじゃないですよ。骨盤矯正下着も、体型矯正下着も検索したことないですから。友人に話したら「この頃良く見る」と言っていましたので、あちこちで流れているみたい。知人はこんな広告が入っているの、知ってるのかな。

昔、サイト運営の足しにしようと、広告をつけてみたのですが、これがとんでもない広告が入り、一瞬で止めました。広告をつけるときはサイトの内容はどのようなものかなどを申告して、それに合わせた広告が入るはずだったのに、申告、意味ないじゃん(ぶー

広告が入っているブログをスマホで見ると、画面の2/3くらいが広告で覆われてしまい、肝心の投稿記事が読めなくなり、広告を指で押しつけながら読まなければならないこともあって。

ああ、広告なしでサイト運営ができるってステキだ。

みなさまのご協力にこの場を借りて感謝いたします!!!


びくびくビリー

絵本は時として、ぶ厚い哲学書より深い気づきを与えてくれます。本の売れ行きは右肩下がりですが、絵本や児童書は変わらず売れ続けているそうです。「我が子に本好きになって欲しい」は、どこの親も同じなのでしょう。

「びくびくビリー」はたまたま何かで紹介されていた本です。

ビリーは怖がり屋。いつも何かに怯えていて、夜眠れません。そんなビリーにおばあちゃんは「心配引き受け人形」を与えます。心配ごとは全部この人形が引き受けてくれるよとおばあちゃんから教えてもらい、ビリーは半信半疑でその人形を枕の下に入れてベッドに入ったのですが・・・

この「心配ごと引受人形」はグアテマラで古くから伝わるもので、実際に今も使われているそうです、と思ってアマゾンを見たら、ある。

さすがアマゾンと言っていいのか、あるのよー(笑
この分だともしかして「呪いのブードゥ人形」もあるかなと思って探してみたらあった(笑。よく見ると「心配ごと引受人形」ような「看護師人形」とか「家庭円満人形」とかいろいろありました。これはもう「開運・厄除けお守り」ですね。

大の大人だってお守り握りしめて祈るんだから、世の中のしくみがよくわかっていない子どもなら、なおさらでしょう。依頼心が強くなるとか言う人もいるかもしれませんが、子どもに精神安定剤を飲ませるわけにもいきません。眠れない子どもには、この「心配ごと引受人形」をもたせて安心させるというのもひとつの手だなと思います。