「離婚後不安だから共同親権」はアリか

ここに何度も書いてきましたが、モラハラ離婚では共同親権にするメリットはひとつもありません。ただ、養育費がストップする恐れが少なくなるというのだけはメリットだと思います。これも自動的に国が徴収し、子どもに払われる仕組みさえあれば必要ありません。

ただ、モラハラ被害者も含めて離婚はとても勇気のいる決断です。その決断をひとりでして、その後、子どもたちをひとりで育てなければならないというのはとても心細いと思います。

実際はひとりではなく、相談もするでしょうし、人の手を借りることもあるでしょう。ですが、やはり子どもを育てるのは父親がいなくなった後は母親の責任になります。

離婚の時に単独親権にしてひとりで責任を負うという決断ができる人がどれくらいいるだろうかと考えると、離婚時に共同親権を選ぶ人は一定数いると思います。

逆に「全部お前が責任を取れ」と言って、単独親権を押し付ける人もいるかもしれません。

相談員をしていたとき「ああ、どうなってもいいから誰かに決めて欲しい、言った通りにするから」と言った方がいました。

誰かに決めてもらって、その結果が自分にとって良くない場合は決めた人のせいにするというのが通例です(我が母がそう)自分で決めたからには自分で責任をとるのが普通です。

「もう関わりたくないから、お前がひとりで親権を持て」という父親もいるでしょう。

この共同親権の法改正は、人としての生き方、力量を試す試金石になるのかもしれませんね。

夏の夜の安眠術

私はそもそも元から寝つきが悪いのですが、夏は特に寝苦しくて眠れなくなることが多かったものでした。

そこでテレ朝のモーニングショーではよく快眠術を特集していて、これに習って一部取り入れて試してみました。

〇冷房は一晩中つけたままにしておく。

〇布団はタオルケットだけでなく冬の掛布団をかける、ということでしたが、冬の掛布団は分厚い羽毛なのでこれはやめて、薄い羽毛布団にしました。

〇よく言われる「寝る前2時間はスマホなどブルーライトを発生するものはやめる」は守れないので、やっていません。ただ、見ているのはスマホではなくPCです。

〇着るものは長袖と長パンツとのことですが、長袖は鬱陶しいので、半袖Tシャツに100均で買ったアームカバーをつけています。下はユニクロのイージーパンツ。

〇寝る前のお風呂ですが、お風呂はジムで入るので、家では入りません。

とまあ、ほとんど守っていないのですが(特にブルーライト)、寝る前は活字の本を読む、audibleをつけっぱなしにしておくなどで、なんとなく眠れています。

ジムで汗を流すなど、適度な運動をしているので時間になると眠くなります。重要なのは

眠くなったら寝るです。これを「もう少しこの本を読みたい」と引き延ばすと、眠れなくなり、いわゆる「寝そける」という状態になります。

日中運動をする、眠くなったら寝る、一晩中エアコンはつけっぱなし、部屋を寒いくらいにしておいて、布団を被って寝る。これが一番効果があるようです。

シュピルマンの時計とフォーゼンフェルト大尉

我が母はしっかり戦中派の人で、爆撃も体験しています。その彼女が大好きな映画が「戦場のピアニスト」です。父が存命の頃は何度も「ビデオかけて」とせがんでいました(彼女はビデオのかけ方がわからない)。

「あの映画、いいんだよ」と何度も言うので、一応話を合わせるために、アウシュビッツが出てくるユダヤ人迫害の戦争映画だから、たぶん悲惨なんだろうなと思いながら見ていました。

「戦場のピアニスト」はウワディスワフ・シュピルマンという実在のピアニストが書いた原作を元に作られた映画で、彼の親族全員は映画の中で描かれているとおりドイツ軍に殺されます。

一人残ったシュピルマンは廃墟のビルの中で隠れて生きているのですが、ある日ドイツ軍将校のフォーゼンフェルト大尉に見つかってしまいます。

「殺されるか」と思ったその時、将校は「仕事は何をしていたのか」と聞きます。「ピアニストだった」と答えると、ビルの一室にあったピアノを指して、「弾いてみろ」と言います。

シュピルマンは寒さで白い息を吐きながら、ショパンの「バラード1番」を引きます(羽生弓弦君を思い出すわ)

その曲を聞いた将校は彼を連行することなく匿い、食べ物を運び、ドイツ軍が撤退するときには彼のオーバーコートを与えていきます。相当前に見た映画なのですが、このシーンは何度見ても胸をうちます。

このドイツ軍将校はドイツが敗れた後、ソ連の捕虜になり、収容所で死亡したことがわかっています。

この映画だけではわからないのですが、この将校、フォーゼンフェルト大尉はシュピルマンに敬語で話をしていたのに字幕で誤訳しており、「お前」という上からの言葉を使われてしまったそうです。

このことはシュピルマンの息子さんであるクリストファー W.Aスピルマンさんが書かれた「シュピルマンの時計」という本に書かれています。スピルマンさんは現在日本に住み、大変日本語が堪能で、この本も翻訳ではなく日本語で書かれています。

この本の中で「この誤訳のためにフォーゼンフェルト大尉の人間性が誤解されてしまった」と書いています。

そしてフォーゼンフェルト大尉は気まぐれでユダヤ人であるシュピルマンを助けたわけではなく、他にも大勢のユダヤ人を助けていたと書かれています。

映画ではその後のフォーゼンフェルト大尉についてラストの字幕で「収容所で亡くなった」としかありませんが、戦後、ドイツからシュピルマンが働いているポーランドのラジオ局にフォーゼンフェルト大尉の妻から「収容所にいる夫を助けて欲しい」という手紙があり、初めて自分を助けてくれたのはフォーゼンフェルト大尉という名前だということを知ります。

戦時中、ふたりはお互いの名前を知ってしまうと、捕まった時に言ってしまうかもしれない恐れから、名乗らずにいたそうなのです

シュピルマンはフォーゼンフェルト大尉を助けようと奔走しますが、ソ連の収容所だったため、叶わぬままとなりました。

スターリンが死亡した後、ポーランド人も国外に行くことができるようになり、シュピルマンは真っ先にフォーゼンフェルト大尉の家に行きますが、すでに亡くなっていることを聞かされます。

シュピルマン家とフォーゼンフェルト家はその後も親交を持ち、「戦場のピアニスト」がポーランドで試写会をした時にはご子息が出席されたそうです。

あの廃墟で「バラード1番」を弾く場面に佇むフォーゼンフェルト大尉(お父様)を、ご子息はどのような気持ちで見つめたのでしょうか。

「シュピルマンの時計」には、父であるウワディスワフ・シュピルマンの家庭での姿などが書かれています。

さて、出演時間は短いものの、強烈な印象を残したフォーゼンフェルト大尉役のトーマス・クレッチマンを、私は思わぬところで再見しました。韓国映画の「タクシー運転手 約束は海を越えて」で、ドイツ人のジャーナリストを演じておられました。

きっとこのタクシー運転手の監督さんはこの「戦場のピアニスト」を見て、ぜひ彼に出演を!と思ったんだろうなぁ。

母のお気に入りの映画からまた話が広がり、思わぬ展開になったことを戦後80年の今日、書いておきたいと思いました。

いつの間にかが怖い2

こちらの続きです。

先日友人数人とマイナンバーについて話をしていたら、「そういえばマイナンバーって最初は持ち歩かず、家に置いておきましょうって言ってなかった?」と言ったのは友人A。

「落としたりすると危ないから、家に置いておいた方がいいという話だったよね」

全員が「うんうん」

「それがいつの間にか保険証と一緒になり、次は車の免許証と一緒になるんでしょ?これはもう常時携帯態勢だよね。最初の話と違うじゃない」

すると友人B「常時携帯の国もあるよ。持っていないと罰せられるのかも。ATMを使う時は最初にID番号を入れないとお金も引き出せないようになっているんだよ。マネロン対策って言ってるけど、本当は国民の懐具合を押さえておきたいんだと思う」

マイナンバーカードの利点について政府は一生懸命説明しますが、こうやって超監視社会に引っ張られていくのが薄々とではなく、アリアリと感じられるようになっていっています。

それも最初はぬるかったのに、段々熱くなって湯だって死ぬカエルのように、知らないうちに自分の身体から財産から交友関係から何もかも国が把握していることになるのでしょう。

それも、いつも間にか。

海を守る36人の天使

昭和のマンガについて書いていますが、今もネットで読める私が好きだったマンガがあります。

「海を守る36人の天使」

これは臨海学校に行った小学生が突然起きた大波にのまれ、多くの子どもが犠牲になった事件を元にして書かれたマンガです。1967年8月~9月にかけて短期連載されました。

引率していた男性教諭が罪に問われ、裁判を重ねて無罪になるまでが描かれています。友だちや子どもを亡くした人たちの思い、教え子を救えなかった先生の葛藤などが描かれていて、小学生だった私に大きな感動と、裁判の厳しさを教えてくれたマンガです。

このマンガは作者のHPで無料公開されています。

http://okworld.sakura.ne.jp/title/book28/index.html#comic

このマンガは1955年7月28日に起きた「三重県中河原水難事故」が元になっているものですが、この海難事故は一度に多数の女子中学生が死亡した事件というだけでなく、亡くなった生徒たちは「防空頭巾の女達から海中にひきずりこまれた」という話が広まり、怪奇として世に広まることになりました。

亡くなったことよりも亡霊伝説として人の口にのぼることになったそうなのですが、実は亡霊云々の話はなかったということが21世紀になってわかりました。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/nakagawara_jp_62e0d119e4b03dbb991eb7d6

雑誌記者がこの事故についてインタビューを受けた方の話を脚色し、こういう怪奇体験の話を作ってしまったのが真相だそうです。

子どもの頃、「お盆に海に入ると霊が足を引っ張る」とよく大人たちが言っていましたが、もしかしたらこの話から世間に広まったのかもしれませんね。

この事故については「死の海」(後藤 宏行著)として6年前に出版されています。なんだか幼いころに読んだマンガがこのような大きな広がりを見せるとは思ってもみませんでした。

ちばてつやの世界

こちらを訪問してから昔のマンガに目覚めた私。特に読みたかったのは実はちばてつやの作品でした。

「島っこ」「ありんこの歌」「みそっかす」「テレビ天使」など、懐かしい思い出の作品がたくさんあります。

ちょうどアマゾンのプライムセールと重なって、期間限定1冊165円というお値段で買うことができたので、さっそくポチポチしました。

#7月14日までの期間限定価格とあったので、焦ってみんなポチしたら、今も1冊165円

「島っこ」は離島に温泉を探しに来た大学教授の父と一緒に移住した小学4年生ミチが主人公。

「ありんこの歌」は炭鉱の教師として赴任した城大介と子どもたちのストーリーです。

東京から慣れない離島にやってきたミチの家族に襲う不幸の連続の後、なかなか出なかった温泉が見つかるまでのストーリーはマンガとは思えないほど現実的ですし、「ありんこの歌」では落盤事故で親や兄弟を亡くす子どもたちの生活など、今読んでもとても引き込まれます。

他の少女マンガが某国の王子様が東京で記憶喪失になるとか、孤児の少女が大スターと結婚するとか、子どもが読んでも「ないだろー」というストーリー展開が多かった少女マンガ界で、ちばてつやは社会派のマンガを連載していました。

この作品を描くまでにどれくらい取材を重ねたのか。おそらくその現場に行き、現地の方から話を聞き、資料を読み漁り、現実に忠実に書かれていたのだと思います。

私は絵はまったくわかりませんが、ちばてつやは2,30人の集団を書く(モブと言うそう)時も全員の顔もポーズも着ている物も全部違います。全部ご本人が書いていたわけではないと思います。(スタジオにはアシスタントさんが大勢いたようです)

俯瞰や広角のシーンにはそれこそ何十人と言うモブが見開き2ページに書かれてあったりします。

ちばてつやは少女・少年マンガ雑誌に連載を続けた後、少女マンガ雑誌から遠のき、少年マンガ雑誌だけの連載になり、あの「あしたのジョー」などの作品を手掛けます。

マンガ界では少女マンガは少年マンガより一段劣るとされ、原稿料も安かったのだそうです。楳図かずおなどの作家は、少女マンガを踏み台にして少年マンガに移っていきます。

昭和30年代にこのような社会的なマンガを執筆したちばてつや。もしまたご覧になったことのない方にはぜひ一読をお勧めします。

電子レンジ調理器のその後

こちらの続きです。

電子レンジ調理器がブーム

この電子レンジ調理器を買っていろいろ試した結果、この調理器に合うものと合わないものがあることがわかりました。

合うもの:〇焼き魚 魚は焼き目もついていい感じです。コンロを洗わなくてもいいので重宝してます。ただ、容器にぴったりとついている部分はよく焼けているのですが、容器の底が波型なので、ここについていない部分が何やらぬるっとして生っぽい時があります。

〇焼きそば 一人前を作るのにぴったりです。そのまま食べられるので非常に手軽です。ただ、肉に火は通っているけれどパリパリではないのが残念(豚バラ肉のパリパリが好き)

〇ローストチキン 鶏むね肉と野菜を入れてホイル焼きのようにします。特にモヤシがほどよい炒め加減で重宝しています。チキンの代わりに玉子を入れて巣ごもり卵のようににすることもあります。ただ、魚と同じように皮がパリッということにならないのが残念。

〇煮物 牛丼はgood!です。手軽で味もしみしみ。ただし肉じゃががダメ。ジャガイモがほっこりとちょっと煮崩れたくらいのほうがちょうどいいのに、何分やっても角があります。

今のところこんな感じです。何しろ年代物の電子レンジなので、そのせいかもしれないという疑惑はありますが。

いつの間にかが怖い

7月の選挙で参政党の代表が「女性が仕事に就かずに子育てをする選択がしやすくなるよう、子ども1人あたり月10万円を給付する」という公約を掲げました。

テレビのニュースなどでは「大変ありがたいので1票入れた」という方もいましたが、果たしてそうでしょうか。

働かなくても10万円もらえるなら家にいた方が楽というのは、こういう公約をする党の罠にまんまとはまってしまうという大変短絡的な考え方です。

7月30日の朝日新聞に「子1人あたり月10万円」の危うさ 鴻巣友季子さんに聞く 小説「侍女の物語」の続編「誓願」を翻訳」という記事が掲載されました。

「ハンドメイズテイル侍女の物語」は以前書きました。

このドラマの原作「ハンドメイズテイル」を翻訳された翻訳家で文芸評論家の鴻巣友季子さんは、結婚や出産への国家の介入は「ディストピア(超監視管理社会)の鉄則だ」と指摘します。

結婚や出産という、きわめて繊細で個人的なことに国家が介入し、コントロールしようとするのは寒気がします。そしてそういうコントロールはある日突然始まるわけではなく、最初は今回のことのように「10万円あげるから」というような、「お嬢ちゃん、飴玉あげるから」と同じ甘言で始まります。

それがいつの間にか10万円は無くなり、産んで当然、産まなければ罰則というようなお金のかからない方法で出産させようとします。

私はNHKの朝の連ドラを楽しみに見ているのですが、この朝の連ドラでは主人公はほとんど女性で、その一生を描くものが多いため、作中に戦争の場面が入ります。

それを見ていると、昭和一桁はまだそれほど世間はせっぱ詰まっておらず穏やかでのんびりしているのに、二桁になると次第に国の統制弾圧が強くなり、そして戦争に突入していきます。

庶民が知らないうちにいつの間にか戦争へのレールを走り始めているのです。いつの間にかが怖い。知らないうちにが怖い。

知らないうちにがんじがらめにされて、身動きできない状態になるのが怖い。

10万円で魂を売ることになるのに気づかないことも怖い。

オオカミはいつもおばあさんの姿で獲物を待っているものです。オオカミだったら逃げますから。

暑い夏の食卓には佃煮が増える

毎日「暑いですね」がお決まりのようになっている今日この頃。今週は東京も38度になるらしいです。38度予想が出ると、大抵それより1度くらい上を行くので39度くらいになるのではないでしょうか。

39度かぁ。長い人生だったけど、さすがに39度は体験したことがありません。気象庁が発表する気温はどこか日蔭で測っているもの。日向は発表された気温よりも高いので、もしかしたら39度は体験済かもしれません。

こうなると食欲も無くなり、作る気力もなく、お惣菜を買うことが多くなります。また、塩気の多いものが欲しくなるので、普段は買わない佃煮のパックに手が伸びます。

塩気の強いものは確かに気をつけなければならないものですが、こう暑くては食欲も無くなる。パン類には手が伸びない。ひたすら白いご飯に美味しいおかずが欲しくなります。

ふじっ子煮は7月に入ってから何個買ったかわかりません。しいたけ昆布や、生姜煮やシソ昆布などなど、バリエーションも豊富。いつも冷蔵庫に1パック以上あります。

毎日地を這って暑さと戦っている日々。これが10月まで続くかと思うとうんざりしますね。

「価値観の不一致」ではダメですか?

離婚原因のひとつに「性格の不一致」という言葉があり、今まで不貞ではない、DVでもない、精神病でもないけれど離婚したい場合などに使われてきました。

私はどうもこの「性格の不一致」という言葉に疑問がありました。明るい妻とネクラの夫というような、およそ性格がまるで違う夫婦でも仲がいい夫婦はいます。

お互いが「あの人はああいう性格だから」と認め合い、そこに口を出さなければ夫婦関係というのはうまくいくものです。

「ネクラなあなたは嫌い!もっと明るくなって!」「君は明るすぎでカンに触る。もっと静かに暗くなれ!」という夫婦はあまり見たことがありません。

夫婦が険悪になる一番の理由は「価値観の不一致」のような気がします。夫が描く家庭像と妻が思っている家庭像に開きがあると、そこからヒビが入ります。

「子どもはおおらかにノビノビと」という妻に対して「自分は私立大学卒で苦労したから子どもは有名私立に入れる」という二人の意見が一致しないと子育てからヒビがはいる。

これは「結婚する前にわからなかったの?」と言われても、結婚前は夫も「子どもはのびのびがいいね」と言ってはいたが、いざ子どもが生れてみると、「自分と同じ苦労はさせたくない。実際学校について詳しく調べてみると、自分たちが住んでいる地域の公立はレベルが低いらしい。だったら幼稚園から私立を」と考えが変わる場合もあります。

「私はブランド品が好き。持っていて気持ちがいいし、第一長持ちする。家電も長い目で見たらしっかりとしたメーカーのものがいい」という妻と「家電は中古のもので充分。壊れたら買い替えればいい。スーパーでは30%以上値引きされているものしか買ってはいけない」という夫では遠からず破綻が見えています。

こういうことから夫婦喧嘩が絶えず、怒鳴りあいになり、「夫が怒鳴った、モラハラ」「妻から無視をされた、モラハラ」と、ここでモラハラが利用されます。

お互いの価値観がずれたから険悪になったのであって、これはモラハラとはいいません。それなのに「離婚理由は夫からのモラハラ」と言ってしまう。

「価値観の不一致」では自分も悪いことになってしまうから、離婚原因を「夫からのモラハラ」にしてしまう人たちがいます。こうやってモラハラは誤解されていく。

価値観が合わない人との同居生活はとても厳しいものです。「価値観の不一致」は充分な離婚理由です。離婚理由にモラハラを使うのはやめませんか?