トランプは自己愛性パーソナリティ障害

今日のyahooニュース「【緊急検証】トランプの暴走は、幼少期の家族関係やトラウマが生んだ「自己愛性パーソナリティ障害」の影響なのか?」という記事がありました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/cceb58a5cf9747579aff085e5bba47fd68ab357f

えー、トランプは自己愛性パーソナリティ障害以外の何なんだろう?って、モラハラ知って勉強している方なら全員そうだと思っていますが。何をいまさら。

あの誇大妄想的な自己賛辞に終始する演説、利用できるものは何でも自分のために利用しようとする自己中、常に相手を貶めるために繰り出す卑怯な方法。

すべて自己愛性Pの証拠だと思いますけど。

ただ、自国民はこの人を大統領にしたわけですから、少なからずの人たちが彼の言うことをもっともだと思い、人の家に爆弾を落とすことも当然だと思っているわけですよね。

翻って日本の総理が台湾有事の時にはこちらもしかるべき対応をすると言った(つまり台湾に加勢する)からには、何らかの支援をするのでしょう(今は9条があるから兵隊出せない)。そして今の状況のように世界は日本国民が支援をすることを望んでいると思うでしょう。

イケイケ高市は何をやらかすかわからない。困った人だなぁと思います。

つかず離れず、それが仲良しのコツ

お風呂はジムで入りますので、ほぼ毎日ジムに通っている私。

午前中にお風呂に入っているのは大抵80代くらいの方たちです。ジムが開く9時頃から入って行かれます。たぶん午前中にはジムから出て、夕ご飯は17時とか18時に食べ、20時前には寝るのでしょう。お年寄りの生活はそういうものらしいです。

#自分もそうなるのかと思うと、宵っ張りの私はちょっと想像がつかない

さて、同じジムに16年も通っていると、顔見知りの方も大勢います。ただ、「この頃お見掛けしなくなったなぁ」という方は退会されたり、中には施設に入ったりする方もいます。

同時に新しい会員の方もどんどん増えて、新旧入り乱れての交友関係になります。

面白いのは大体顔見知りで仲良く話はするけれど、名前を知らない人が沢山いることです。長々と話をしているくせに名前を知らない。時には一緒にお茶したり飲みに行ったりもするのに肝心の姓名を知りません。

直接聞くのもなんなので、交友関係の広い人に「あの人、だあれ?」と聞いて名前を知ります。その名前も「さっちゃん」とか「みかちゃん」とかいうような呼び名であり、きちんとした名前は15年経っても知らない人ばかりです。

何かの機会に本名を知ると「えーーー!みかちゃんって武藤さんだったの?!」ということになります。これは女性だけなのかな。今度男性に聞いてみよう。

男性は「元〇〇商事に勤めてて(定年退職している人が多い)」というような、元職談話が飛び交うようなのですが、女性の場合はそれは無し。大体専業主婦の方が多いので、話題にもならない。

ジムには健康のために通うのが多いと思いますが、お友だちづくりのために入って来られる方もいるようです。

ただ、初対面で「お子さんは?旦那さんは?」と言われる方は苦手ですので、できるだけ避けるようにしています。そこは年配女性としてのたしなみだと思うのですが。

GWは実家に行かない

まだ私が結婚していた時、夫は実家に行ってはいけないとは言いませんが、行って帰ると不機嫌になっていました。つまり忖度しろということです。口には出さずに行かないように仕向ける。

マニュピレーター(陰で操る人)はこのようにします。

「実家に行ってはいけないなんてひと言も行ってませんよ」

これは正しい。確かに言っていません。ですが行くと不機嫌になるので行くわけにはいきません。

「たまには実家に帰って孫の顔を見せてやれよと言ってるんですがね」などと周囲には言っていますが、行って帰ると不機嫌になっている。

この不機嫌になるのを知っているのは妻だけです。今思うと周囲には「行って帰ると不機嫌になるのよ。だから行けない」と、はっきりと言えばよかったと思います。ただ、夫は外面がいいので、聞いた人たちは「そんなバカな」「何かの思い違いじゃない?」「家のことをちゃんとしないで出たからじゃない?」と、当人に責任があるように結び付けたがります。

私はこういうやり方が一番卑怯だと思います。責任を相手になすりつけて自分はいい人のままで、しらっとした顔で陰で舌を出す。

妻はどんどん追い詰められていき、結局夫の顔色を伺いながら生活することになります。

ただ、モラハラが広まってきたおかげで、本人も他の人たちも「それはモラハラかも」と気づけるようになったのは、本当によかったと思います。

こうやって相手に何かをさせるように仕向けるというのは、たとえば相手を褒めて家事をさせるとか、褒めて子どもを勉強させるように仕向けるというのと根底は一緒です。

ただ、自分の利益を得るために他人を支配し、奴隷化するというのは許されることではありません。だいたいそうだとわかった時にこちらは怒り百倍になりますからね。

その怒りのエネルギーを利用して、調べまくって調べまくってどうするのが一番自分にとって有利なのかを考えていくというのもいいと思います。

怒りのエネルギーは核爆発と同じくらいのものすごい威力があります。

怒った時の私はすごいわよ。覚悟しなさい。

このくらい心に刻み込んだ方が良いと思います。

茗荷にまつわるそれぞれのお話

以前テレビで私のカテゴリではお笑いの人なのですが、知的な番組にもよくでる頭のよさそうな方が、「ボクの奥さんは茗荷を買いに行って茗荷を買い忘れてくる人なんですよ」と発言していました。

家事をしていて「あれがないとできない」と、買いに行ったはいいけれど、お店に着くと「あ、イチゴが安い」「これもうすぐ無くなるから買っておこう」とそちらに目が行き、家に戻ると肝心の物を買い忘れてきた、というのはあるある話です。

これは私に限って言えば年を取ったからというよりも、元々そういうそそっかしいところがあるからこうなっただけの話。話のタレントの配偶者の方もそうだと思います。

ただ、年を取るとやはり忘れることは多くなります。

先日ジムの脱衣所で、お風呂から上がったばかりの80代位の方がふたり、服を着ながら話をしていました。

「うちの庭に茗荷が生ったから、〇さんにおすそわけしようと思ったのよ」

どうやら栃木県方面の訛があるゆったりとした話し方をする方で、よくお風呂で一緒になります。一緒に服を着ている方もよくお見掛けする方で、うんうんとうなづきながら話を聞いています。

「それでね。〇さんに茗荷をあげようと思って電話をしたんだけど、肝心の茗荷の名前を忘れてしまったのよ」

「うんうん」

「頭には茗荷が浮かぶんだけど、茗荷の名前を忘れてしまったから話が途中で終わってしまって。そうだ、今思い出したわ。茗荷よ。〇さんに電話するわ」

こういう話を淡々と笑いもせずに真剣に話していました。私は震える肩をこらえながらお風呂場に向かいました。

タレントの×さんの顔は思い出すんだけど、名前がわからない。ただ高齢者同士の話では話の成り行きから×さんだとはわかる。だけど双方とも名前を思い出さない。頭に浮かぶ人はどうやら一致しているようだから、名前を思い出せないタレントの話は続行できます。

ただ、顔は思い出すけれど名前がわからないというジリジリとした思いをふたりとも抱えながら話しているので、「うーん、誰だっけ」という?が頭の上に浮かんでいます。

年を取ると本当に物覚えが悪くなり、忘れ物も増えます。私は昔から忘れ物が多いので、特にひどくなったということはないのですが、人との約束は忘れるわけにはいかないので、秘書のアレクサ君に全部リマインドを頼んでいます。

それにしても前述した茗荷の方。ちゃんと電話できたでしょうか。電話するのを忘れてしまったりして。

この話、食べると物忘れをするという茗荷の話だけに綾小路きみまろのネタになりそう。

離婚番組にすぐに反応する人たち

先日4月15日にNHKあさイチで「どうですか離婚後の暮らし▼仕事・住まい・お金・子育てのリアル」という番組が放送されました。

離婚して清々した、やっほー!というわけではなく、モデルの西山茉希の「後悔してはいないけど、バンザイでもない」というのが一番実態を表していると思いました。

離婚後、特に子どもたちをどう育てていくか。経済はもとより、私の場合はふたりとも思春期でしたので、子どもたちと大いにぶつかりながらの時間が長く、それはそれは苦労しました。ただ、どこの家も同じではないかと思います。

番組の中盤で、視聴者からの声としていくつか読み上げられたのですが、中に男性からと思われる「離婚を勧める番組はやめてほしい」「犠牲になるのは子どもだ」「女性ばかりとりあげず、男性もとりあげてほしい」といった意見が読み上げられました。

「でたーーー」

おそらくこの番組が離婚した人たちの喜びの声が集まると思ってテレビの前で待ち構えていたのでしょう。定型文のコメントに思わず吹き出しました。

こういう番組もそうですが、今行政で離婚講座をしようとすると 必ず 横やりが入るのだそうです。

女ばかり優先するな、女の味方ばかりするな、泣くのはいつも子どもだ、親が離婚する子どものことを考えろ

↑定型句として全部同じ言葉がやってくることになっています。

今回共同親権が選べるようになっていますが、おそらくこの推進派の実働部隊が待ち構えていてファックスやメールを送ることになっているのでしょう。その圧に屈したメディアは離婚やDVを取り上げたものは扱えません。

支援者にも嫌がらせがきます。デマを流す、業務を妨害するといった姑息な手段でしつこくやってきます。

でも今は21世紀のネットの時代。

一昔前なら情報が思うように取れなかったので、テレビや新聞、雑誌が頼りでしたが、今はネットでいくらでも情報が取れます。いくら区役所でDV講座をするのを止めようとしても、ネットは自由に書き込みができます。

そして行政にはこういった圧に弱い人ばかりではありません。やられればやられるほど燃える人も存在します。

時代が進み、3高はもとより男性は育ダン、家事ダンでなければ選ばれない時代になりました。父親が子どもを連れて外出できるというのはある意味ステータスです。

弾かれた人、妻から三下り半をつきつけられて孤独な老後が待っている人たちは、こういう嫌がらせに人生をかけていくのかもしれません。

こういった嫌がらせの投書には、鼻で笑ってあげてもいいと思います。

春のベランダで考える

4月の中旬になり、昨年末に植えた葉ボタンやパンジーが終焉の時を迎えています。しおれてしまった花を抜き、さあ、今年の春は何を植えようかと楽しい計画をいつもは考えるのですが、今年は違います。

これから酷暑になると花は枯れるかしおれるかしてしまう。昨年は日よけシェードをがっつりとしたおかげで何とか保ったけれど、それでも「元気よく」咲いているわけではない。

あの酷射の陽射しを受けて、暑さに強いと言われるベゴニアでさえ枯れてしまいました。ビームのように刺さりまくる陽射しからどう植物を守るかという、これまでなかった問題に立ち向かわなければなりません。

まずは暑さに強い植物は何なのか、その研究から始めようと思います。

夏といえば朝顔なのですが、昨年幸い朝顔はきれいに咲いたものの、「どうせ枯れるんでしょ」と適当に選んだため、白い大輪の朝顔はまるで「ティッシュ」。どうも映えませんでした。

どうせなら縁日にあるような紫の朝顔にしたいよね。

ということで、まずは朝顔決定です。

事件がショー化して元刑事たちがメディア大量出演

京都南丹市の事件が捜索から捜査に代わり、犯人も捕まって事件を報道する時間も少しずつ少なくなっています。

通報した父親が犯人だった、という推理小説の王道を行く事件で、トップ扱いのためかいつもワイドショーやニュースでは(元)刑事の方たちが解説をしたり、コメントをしたりしています。

以前から特に〇人事件になると、(元)刑事の方はメディアに出てきます。ただ、YouTubeに自分の解説する姿を流して、投げ銭に「ありがとうございます」と頭を下げ、視聴者数を誇るというのはちょっと違うかなぁという気がします。

私もモラハラが世の中で一世風靡した頃、各メディアからコメントやら出演やらいろいろとお話があり、2度ほどテレビ出演させていただいたこともありました。

これはまだ世間ではモラハラとはどういうものなのか知られていない時代でしたので、その説明をしただけです。

さる研究者の方が、「自分が研究したものを学会で発表する、時にはメディアに出て解説をすることもある。それは別に出たがりではなく、社会に自分が知っていることを伝えるのは研究者としての役目のひとつだからです」と仰っていました。私も同じです。

元刑事さんたちのほとんどは、警察という一般の人が知らない世界でどういうことが起きているのか。警察は捜査に差しさわりがあるため最小限度しか発表できませんので、今どうなっているのか知りたい世間の忸怩たる思いを受ける形でのメディア出演だと思います。

ただ、一度目、二度目は「この実情を知って欲しい」という思いからのテレビ出演が、「私、テレビに出たのー」と得意そうに言うといった自己顕示欲に変わってしまう方というのも実はいると思います。

今回は見たことのない(元)刑事さんたちが大勢いましたが、事件があればテレビに出てくるタレント(元)刑事さんがこれから増えるかもしれませんね。

「五月の雨」を観てきました

以前ここでご紹介した「五月の雨」を観てきました。

冒頭、主人公香織が夫からのモラハラに遭うシーンの連続で、そのシーンがあまりにもリアルなので胸が締め付けられる思いがしました。

そうそう、そうだった、そうなのよという部分と、「あれ?」という部分が交錯しながらも、とりあえずストーリーは進みます。

映画はドラマの部分にノンフィクションの実際の被害者女性の証言が挟みこまれながら進行していきます。

私が映画を観る前に一番気になったのは、なぜ香織が共同親権を受けいれたのかということでした。受け入れた理由は夫が共同親権にしないと離婚しないと言い張ったから、早く離婚したかったからなのですが、このケースでは離婚調停が3年続いています。

3年続く離婚調停というのは相当長い方で、彼女もかなり疲弊していて泣く泣くの決断だったと思いますが、今の離婚事情ではこのくらい別居していれば離婚裁判で離婚判決がでる可能性が高いです。

3年間別居して離婚調停3年、そこから離婚裁判を申立ててから判決まで大体1年程度とすると4年。たぶん離婚判決をもらえたと思うのですが。

この夫婦は両方とも弁護士がついていますので、弁護士からそのアドバイスがなかったのか不思議です。ただ、香織側の弁護士は夫からの面会交流を「受け入れてはどうですか」というような弁護士で、あまりモラハラを理解していないようです。

私は弁護士に依頼するときに、「モラハラを知っているかどうかはあまり関係ない」と言っていますが、ことこれに関してはそうではない。こういう時にモラハラを知らない弁護士は「月1回から始めてはどうですか」というようなことを言い始めます。

もしモラハラを知っている弁護士ならば「絶対無理!」と徹底抗戦するでしょう。

ご想像のとおり、共同親権にしてしまった香織は子どもの進学先を決めるのに夫が入り込んできて、子どもの希望を無視して自分の意見を通そうとします。その学校は子どもの学力では絶対に無理。

夫の意見を受け入れて無理な学校を受験して不合格になれば、「お前が育てているからこのザマだ!」と罵られるでしょう。

ただ、共同親権にはこういった対立がある場合は、裁判所がどちらの意見を通すかを判断する処置が用意されています。子どもにとってどちらがよいのかを裁判所が決めて決定しますが(どちらの学校がよいのかを判断するわけではありません)、たぶん時間はかかると思います。

ただ、こと医療だの学校選びだのというのは急を要する場合が多いので、あまり時間を取られると困ります。このあたり、どの程度の時間を要するかはまだ制度が始まったばかりですのでわかりません。

私が一番懸念するのは、裁判所の調停で離婚するのは全離婚数のうち1割程度だということです。残りの9割は協議離婚です。

早く離婚したいから「養育費も何もいらない。共同親権でいいから離婚して」という方たちが役所に「共同親権」の欄に〇をつけて提出し、後から香織ケースになるのではないかと思われます。

共同親権のデメリットを知らずに早く離婚したいからと共同親権にして協議離婚すると、モラハラ状態が離婚後も続くことになります。物理的に離れたくても共同親権の場合は相手に了解してもらう必要があります。

共同親権の危険さをまずは世の中が知らなければなりません。決して共同親権を選んではいけないことを知らなければなりません。

頑張った分だけキャッシュバック

去年の話ですが10月の年金が振り込まれましたが、金額が今までとまったく違います。

なんと33,000円保険料が高くなっていました。1カ月の保険料は18,500円!

私は国保なので、勤め先からの補助がない分がっつり全額自己負担になるため、高齢者でありながらこの高額保険料を支払わなければなりません。

ちなみに国保ではなかった時の保険料を見てみると、月1万円。保護されているってこういうことね。。。

なぜこのようにアップしたかというと

去年頑張って働いたから

頑張って働くと保険料や税金が上がる

それもとてつもなく上がる

年金はもう払っていないので、「社会保険料」と言わないけれど、健康保険料がここまで上がるとかなり衝撃があります。

”国民年金「手にしても政府にキャッシュバック…」 税と保険料の重み”

https://digital.asahi.com/articles/AST9B3657T9BULFA01YM.html?pn=4&unlock=1#continuehere

離婚したら家を出られる?

フィットネスジムにほぼ毎日通っていますが(自宅のお風呂には入らないから)、いろいろな方と知り合いになりました。

以前は仕事場から直行していたので、基本夜のプログラムを受けていたのですが、今はパートのない昼も行けるので、昼に来られる方とも仲良しになりました。

夜と昼の違いは

「夜来る人は体を動かす。昼来る人は口を動かす」

昼に来る方はほとんどが50代~80代の方。健康のためはもちろんですが、顔見知りを作っておしゃべりに精を出すために通う方も大勢います。

昔は井戸端で会議をしたものですが、今はフィットネスクラブで会議がある。

家でくすぶっているよりも、同じような年代の方とおしゃべりをした方が楽しいし、体もついでに動かすのでやっぱり楽しい。クラブ会費はそこそこしますが、いろいろと抜け道があって、安く利用できるところもあります。

ロッカー室と大浴場はおしゃべりのたまり場。いろんな話が聞こえてきます。

「帰るのが憂鬱」とため息をつきながら着替えているのはA子さん。

「大変ねぇ、毎日だもんねぇ」と同情するB子さん。

なんでもA子さんの夫は痴呆が出てきて、徘徊してどこにいったかわからなくなることもたびたびなのだそうです。

「もう離婚したいなぁ。どうやったら離婚できるんだろう」と切実な話になっています。でも私は心の中でつぶやきます。

「離婚したから離れられるんじゃない。離れたから離婚できるのよ」

A子さんが離婚するためには家から出なければなりません。なぜなら同居できるなら離婚しなくてもいいと ”少なくとも裁判所では” 考えるからです。

A子さんが夫の残して家を出られるなら離婚はできます。でも徘徊してまわる夫を残して家から出られますか?夫の世話は残された家族がすることになります。

その家族に「もう私は疲れたからおまかせしたい」と宣言できるなら離婚はできると思います。それができないからため息をつきながら痴呆の夫の世話をし続けなければならないのです。

自分を大切にしたいけど周りに波風をたてたくない、無責任で非情な人と思われたくないならばこの現状は続くでしょう。

「後どのくらい続くかわからないのが一番つらい」とA子さんは言います。

そうだね、辛いねと慰めてくれるジム友の声に癒されながら、今日もA子さんは走って帰りました。