不幸を知ると幸せも知る

ここ3日間ほど、失くしたもののことで頭がいっぱいでした。今朝、起きがけにお告げのように「もう一度自分のバッグの中を探してみよう」と頭に浮かびました。どうしても他に置いてきたとか、落としたということが考えられなかったのです。

3日間、何度も探したバッグの中からそれは嘘のように出てきました。出てきてみれば「なぜここに気づかなかったのだろう」と思いますが、探している時は気づきませんでした。

そして3日間憂鬱だった頭がスッキリとし、今日は晴れ晴れです。

”人間って、何もない普通のことが一番幸せなのよ”

以前友人が言っていました。

”幸運があるとそれに溺れてしまう。幸運に慣れてしまって幸運であることが普通になってしまい、普通が不幸になってしまう。だから本当の幸せは普通でいることなのよ。宝くじとかにも当たらずに”

大事なものを失う(失っていなかった)という不幸があったから、今幸せでいられます。あの失くしたと思っていた頃、「朝まで幸せだったのに」「昨日まで幸せだったのに」と失くしたことに気づかなかった頃を思っては、今の自分の不運を嘆いていました。

ものすごく飛ぶ話ですみませんが、離婚をしようと妻が家を出ると、夫が狂ったように「子どもが、子どもが」と言い出します。出る前は子どもに見向きもせずにゲームをしたり飲みに行ったりしていた父親がいきなり「子どもの福祉のために」トカ言い出します。

「ハーグ条約が」などという、どこで聞いてきたんかいというワードも飛び出します。飛び出すワードが一緒というのは、ネットでググって指南を受けたのでしょう。

失ってから初めてわかる事ってすごく多い。健康だったり仕事だったり交友関係だったり。

子どもを失ってから初めてわかる子どもの存在。

もっと早く気づけばよかったね。

何度も何度も「子どもと遊んで」「家庭を大事にして」「そういう言い方しないで」って言ったよね。

終わってから気づいても、もう遅いんだよ。

小さな頃の養育の大切さー映画「Lion」から

こちらの続きです。
この映画はいろいろと考えさせられる問題が随所にあります。そのひとつに5歳の頃に迷子になってしまったサルーと、その後同じようにインドから引き取られた子ども(推定8~9歳)と一緒に、オーストラリアの家で育てられます。

ただ、サルーは貧しくても愛情たっぷりの母やきょうだいがいたのに対して、後から引き取られた子どもはそうではなかったようです。

何かあると火がついたように興奮し泣き叫び、自傷します。それはこの家に来て安心と愛情にあふれる生活になっても変わりませんでした。この子がこうなるまでにどれくらいのできごとがあったのか、どんな生活をしていたのか。

インド系独特の射るような眼差しが恐怖と怒りに変わり、自分を殴打し続ける。自傷するだけでなく、自分の人生も破壊し続け、養父母を悲しませます。映画の最後になってもそれは変わりませんでした。

幼いころの養育によってふたつに分かれた子どもの人生。それほど幼育期の環境が子どもに及ぼす影響が大きいということです。

インドは子どもが多いから、ひとりくらい居なくなってもそれほど大騒ぎにならないという話もあります。実際にこの映画の最後に「インドでは毎年8,000人の子どもが行方不明になる」というクレジットが流れます。

でも、サルーの母はいつ行方不明になったサルーが帰ってきてもいいようにと、決して住んでいた場所から離れませんでした。サルーは貧しくとも愛情にあふれた家庭に育ち、子どものいない家の養子として手厚い養護が受けられた、八千分の1の幸運な子どもでした。

映画の最後にインドに住むサルーの実母にオーストラリアの養母が会いにいく実写フィルムが流れます。

サルーは現在インドで孤児院を営み、インドの孤児をオーストラリアに養子縁組する活動をしているそうです。

憂鬱なアルバム整理

時間があるときにやろうと思っていたアルバムの整理をしました。子どもがふたりで映っているものは、とりあえずメインで映っている方に渡すことにして(丁寧な親はデジタル化してUSBやCDにして渡すんだろうな。時間があるときにそれ、しますから)整理をしていたのですが、なんとも妙な気分になってきました。

本来ならば「ああ、こんな時もあったなぁ」といろいろ楽しいエピソードを思い出しながらの作業なのでしょうが、これが嫌なことしか思い出さない。本当に見事なほど嫌なことしか思い出さない。

これはたぶん写真を撮るということは大体イベントの場合が多く、モラ夫が怒りそうなアクシデントが起きやすい。それは地雷がそこいらじゅうに埋まっているようなもの。この時はこうだった、この時はこうだったと嫌なことばかりが思い出されました。

そしてこの小さかった子どもたちにこんな危険な地雷原で育ててしまったことに対して、詫びようのない申し訳なさが湧いてきます。子どもは詫びられても困るでしょうから詫びませんが(子どもに謝りたいというのは親の自己満足。詫びられても子どもは困ります)、本来ならば楽しい家庭のはずが、ビクビクと両親の顔色を窺う日々でしかなかったことは、子どもたちから貴重な時間を奪ってしまったことに他なりません。

せめてこれから子どもたちが作る家庭がよりよいものになるよう、私が何かとお手伝いするのがお詫び行脚になるかなと思っています。

どうしても手のかかる子

私は長い間働いていましたが、その中で思うことがありました。

「世の中には手のかかる人が1割いる」

例えば役所を考えてみましょう。ほとんどの人はお役所とは生まれた時と死ぬときに行くものですが、これは本人は行かず(行けず)他の方が行きます。その他に必要なのは引っ越した時、住民票が必要な時、課税証明書などの証明書が必要な時、保険や年金の手続き、それくらいではないでしょうか。

小中学校へ入学するときは自動的に役所から通知が来ますので自分から行くことはありません。後は保育園の申し込み、老年期になってから施設の申し込みなどでしょうか。

正確に数えたわけではない肌感覚ですが、世の中の9割の方はまずほとんど役所に来ることなく、役所の人間が自動的に働いて世の中を回しています。ところが産まれてからずっと役所とつながり続けないと生きていけない方もいます。DV被害者や生活保護の方、障害のある方など、ずっと役所と関わり続けなければならない方は一定数います。

役所以外でも、お店で「これをください」とさっさと買って帰る人もいれば、「これはどんなものですか?」と説明を求める人、「これは思っていたものと違うから取り替えてください」と言う人、クレームをつける人などなど手のかかる人もやっぱり一定数います。もしみんなが何もなく自分の欲しいものをさっと買っていくだけだったら商品知識もいらないし、面倒なカード払いの払い戻しやり方を覚える必要も、クレーム対応研修もいりません。店員さんの数は半分で済むでしょう。こういったイレギュラーな人がいるために、店員の数を減らすわけにはいかないのです。

どの世界でも「手のかかる人」は一定数います。

前置きが長くなりましたが、子どもも同じです。手のかかる子どももいれば、放っておいても勝手に自分でやっていく子どももいます。きょうだいで下は手がかからないけど、上は手がかかる場合があります。同じきょうだいで同じ人(親)が育てたのにやっぱり違います。それは「個性」というものだと思います。

その子にはその子の個性があります。遺伝的なものもあれば、先に生まれた、後に生まれたによっても違いますし、たまたまそういう環境で育った場合もあります。つまり子どもはみんな違います。

我が家は生まれたときは上が手がかからず、下は手がかかる子でした。特に夜泣きがひどく、私も子どももよく生きていられたものだと思います。成長すると上は手がかかる子、下は手がかからない子になりました。下は勝手に自分でなんでもやっていきますから、いわゆる放任野放し状態でOK。ところが上はとても繊細な心を持っているので、注意深く見守らなければなりませんでした。

世の中には子育て本がたくさんあり、その多くに「子どもは指図はするな、見守れ」とあります。私も基本的な部分は賛成ですが、中には手間をかけることが必要な子どももいます。言わなくてもわかる子、言ってもわからない子、どうやってもわからない子は一定数います。飲み込みの悪い子は手取り足取りしなければ理解できません。

母親に十分な時間や忍耐力があればニコニコと見守って「できるまでがんばろうね」と言えますが、仕事、家事子育てと分単位で追いまくられている母親に「見守ろう」はかなりハードルが高いだろうな、見守りのできない母親は失格と言われている気がするのではないでしょうか。

子どもがひとりならまだ何とかなる。でも、二人、三人になると、今度は子どもたちの関係性が出てきます。子どもが二人になると手間が2倍になるのではありません。上と下の子の個性と関係性に目を配らなければならないので4倍になるのです。それが三人になれば9倍です。

親が亡くなった時に起こる遺産相続を巡る争いの根源は、この関係性に帰することが多いのです。何十年たっても「お兄ちゃんにしてくれたことを私にしてくれなかった」と言って骨肉の争いになるのはよくあるケースです。きょうだいは他人の始まりです。

子どもにはその子の個性に合わせた育て方が必要だと思います。ふたりの子どもを30歳過ぎまで育てた私の実感です。

久々に夫に腹をたてる

よく講座での質問で「元夫は今、何をしていますか?」と聞かれることがありますが、答えはいつも「知りません」です。元夫とは物理的距離も心理的距離も1億キロメートルほど離れていますので、彼が何をしているかの興味もない。いつも書きますが、初恋の人の面影の方がよっぽど私の中で生きています。

離婚して夫と関わらなくなってもよくなりましたが、唯一関わらずを得ないのが子どもの結婚です。結婚式の時はどうしよーと思いましたが、幸いコロナ禍で結婚式は今はやらず、両家が東京に集まり、祝いの席を設けることになりました。

私はその前にLINEビデオでご挨拶していますので、最初のご挨拶は済んでいます。

コロナ禍になり、この方式のご挨拶が増えているそうです。私がこの方式を採用したのも、知り合いの男性が「相手の親御さんとはZOOMで挨拶しただけ」という話を聞いたからです。手を抜いているわけではなく、相手が東京に来るのも、東京からふたりが行くのも、ご両親にもご両親が住む地域の方の不安もありますから、これがいらぬ心配の元を作らない一番の方法だと私も思います。

私は聞かされていなかったのですが、私がご両親とお会いし、酒宴の席でご挨拶した翌日、夫が遠方からやってきて、同じように祝いの席が設けられたとのことでした。私に気を使ってくれたふたりと、二回に分けなければならないというややこしい家の事情を汲んでくださった相手のご両親には大変感謝しています。

パートナーのご両親は遠方から来られますから、交通費の出費が大きいし、ふたりはそれほど裕福な新婚生活を送っているわけでもありませんので、この席は私が負担することにして、子どもにお金を渡しました。

当然夫も同様にすると思っていました。元夫はケチですが、こと冠婚葬祭などの決め事にはきちんとする人なので、それなりのものを包むと思っていました。

「お父さんからいくらかもらったよね」

「まんじゅう、ひと箱」

「だけ?」

「だけ」

はぁ~?!まんじゅうひと箱でタダ飯食ってったぁ~~~?

思わず声に出ました。

「結婚式の時にやるからなって」

だ~か~ら~、結婚式はコロナでいつできるかわからないってばっ

式ができなくても結婚届を出して、ちゃんと二人で記念写真撮って、こうやって両家を呼んでの会食の場をセッティングしたんだってばっ

こういうことをするのはお金がかかるんだってばっ

なんで結婚式にこだわるんだろう。わけわからん。

よかったよ。やっぱり。わけのわからん生き物と離れられて本当によかった。

久々の意味不明なモラハラルールとの再会でした。

奇妙な「家族団らん写生会」

私が小学4年の頃。父親は月に数回酒を飲んでわめき散らす、母親はそのストレスをまともに子どもにぶつける。家は貧乏、学校へ行けばお金持ち大好きの教員から嫌われるという生活でした。

ある日曜日の朝、突然母が「家族団らんをしよう!」と言い出しました。

今思うと笑えてしまうのですが、家族団らんとは取り立てて始めるイベントではなく、日々が楽しく暮らせていればそれが家族団らんというものではないでしょうか。母が「家族団らんをしよう!」言った瞬間に私は「けっ!」と思いました。小学4年生です。

10歳でもこんな大人の幼稚な取り繕いに気づき、「けっ!」と思う頭は持っています。今10歳以上のお子さんをお持ちの方は子どもは幼いからわからないだろう、気づかないだろう、子どもなんだからと思っていても、子どもは大人が思っているより頭のつくりは大人です。

毎度毎度酒を飲んでわめきちらし、母は子どもに決して言ってはいけないことを叫びちらし、ナニが家族団らんじゃい、笑わせるんじゃねぇと思っていました。

母が思いついた「家族団らんイベント」は写生会でした。こたつの上に花を挿した花瓶を置き、それを4人で写生するというものでした。

母は必死で家族仲良い風景を作りたいと思っていたでしょう。がんばって家族らしいことを「お金をかけずに」やりたいと思っていたでしょう。そのがんばりがミエミエな分、私の頭の中には「浅はか」という文字が浮かびました。

#そんなわざとらしいことをするよりも、子どもたちに毒吐きするな

モラハラ被害者の方の中には「子どもが自分の辛さをわかってくれない」「私の味方をして、一緒に夫の悪口を言って」という方はいますが、これはやめた方がいいでしょう。結婚は夫婦で決めたことで、子どもには関係ないことです。子どもには楽しくのびのびと暮らす権利があります。その権利を守るのは親の役目です。

さて、写生会は終わり、ご丁寧にそれぞれの作品を見せ合いながらの寸評になりました。「お母さんのここがいい」「早智子は色がきれい」などと家族団らんごっこをしてお開きになりました。ありがたいことにこの家族団らん写生会はこれ一度だけで、二度と開かれることはありませんでした。

ありがたい無料相談

実家の相続のことで(プーチンスカヤ(母)はまだ死んでない)不動産の法的手続きについて知りたいことがあったので、区役所の無料登記相談に行きました。これは本来であれば法務局に行って尋ねればいいことなのですが、現在、法務局はコロナ対応のため、対面での相談を行っておらず、予約をとっての電話相談になります。

聞きたいことは「ここは手書きですか?印字でも大丈夫ですか?」みたいな簡単なことなのですが、電話に出る職員の方はまず「法務局のHPを見てください」から始まる。「見てもわからないので教えてください」と言うと「では予約を」となります。手探りの状況なので、疑問点が出たらすぐに聞きたいのですが、なにせ「予約を」と言われる。

予約を入れて相談すると「それは私の預かり知らないことです(←本当にこういう)」とそっけない。おそらく私の質問は税に関することで、法務局の管轄ではないのでしょう。でも、これがどちらの管轄なのかがわからないので聞くと「それは私の預かり知らないことです」を連発される。

そんなこんなの手続き作業もやっと終わりが見えて、集大成として作った書類の総点検をしていただこうと2週間後の区役所の登記相談に申し込みました。

予約の時間に書類を持って部屋に入ると、若い、スーツを着たきりっとした女性が座っていました。ふと、「あらー、私は相談員をしていたときにどうでもいい格好をしていたなー。ちゃんとした服を着るべきだったかも」とちょっと反省しました。やっぱり服装は大事。

書類を見せて「ここはこれで大丈夫ですか?」と確認を取りながら進めていくと、「ちょっと待ってください」と言って戸籍謄本を見て、「これ、全部じゃないですね。一部です」と言いました。相続登記には亡くなった父の全戸籍が必要なので、役所には「全部の戸籍を」と申請書に添付した手紙に書いたのですが、どうも全部ではないらしい。

「全部の戸籍とはお父さんが産まれてから死ぬまでの戸籍が必要です。産まれたときの戸籍がありません」

「へ?!」

ここで私は思い出ました。どうやら故郷には戻らず、東京で生涯暮らすことになりそうだから本籍を移そうかと思って戸籍係の方に相談したら「本籍はめったやたらに移すと後から追いかける時にすごく苦労するから、動かさない方がいい」と言われたのです。その「後から追うのに苦労するから」の意味はわからなかったのですが、言われた通り本籍は元居た住所に残したままでした。パスポートを取るときなど、戸籍謄本をいちいち郵送で取るのが面倒くさいのですが、元居た場所と縁を切りたくないというのもあり、残したままでした。

戸籍謄本は本籍がある場所のものしか取れず、本籍を動かすとその場所を管轄する役所に取り寄せ依頼をしなければならないのです。

つまりA県A市で生まれて、親が本籍を動かしてB県B市に行くと、A県A市とB県B市の両方に戸籍が分散してあるのです。B県B市の戸籍には「A県A市から転籍」が最初にありますから、A県A市にも取り寄せの申請が必要とわかります。

本人が生きてれば「最初はA市、次にB市、次にC市」と言ってもらえるので最初からそれぞれの役所に申請しますが、何しろ亡くなっているので、戸籍を取り寄せて産まれた発着点にたどり着くまで捜査をしなければなりません。プーチンスカヤに聞いても「結婚前のことなんか知らない」なので、地道に探索するしかありません。

おそらく父は産まれてから転籍を1度しかしていないと思われるので(まだ探索途中)、2市だけで済みそうですが、これが私の場合だと、もっと多くなります、というか女性は転籍が多くなりがちです。

1 産まれた場所 2 親が家を建てたのでそこに転籍 3 結婚して夫の実家の籍に移る ←これはたぶん今もあると思いますが、女性は結婚すると「相手の家に入る」という風習があり、夫の実家の戸籍に入ることが少なくないと思います。私もわけもわからずそうしていました。 4 家を建てたのでそこを本籍とする。モラハラも離婚もなければそこで終結だったと思いますが、私は離婚をして自分で戸籍を作っていますので(5)がありますが、同じ市内で作っていますので、取り寄せの時は1か所で済むのではないかと思います。

子どもが結婚をする時に戸籍を動かす話になった時にこの話をしました。「本籍はなるべく動かさない方がいいって役所の人が言ってた」と言うと息子は「じゃ、4↑の場所、つまり自分の本籍へ妻を異動させよう」と言ったのですが、そこで私とハナコさん(仮名)が反発。「じゃあんたがハナコさん(仮名)の本籍に移ればばいいじゃん。一緒じゃん」。

息子、不本意の表情。

#なんだよ、相手が自分の戸籍に入るのはいいけど、自分が相手の戸籍に異動するのは嫌なのか?

ハナコさん別の意味で反対。「戸籍を取るときにお義父さんに頼めばいいっていうけど、それは気兼する」

ハナコさんは「私が私が」というタイプではなく、夫の姓にするこを何の疑問もなく同意したくらい普通の女の子なのですが、始終会っている私ならいいけど、会ったこともない(その時は会っていなかった)夫の父親は煙たいよう。

結局話し合って、「ふたりが最初に住んだ街を本籍にする」ことで合意。

#よかったよかった、大団円

とまぁ長くなりましたが、戸籍は離婚するときにぶち当たる問題ですので、離婚を考えている方はよーーく調べて対応してくださいね。

ともかく今回は区の無料相談に行って大変貴重なアドバイスをいただけたので、ちゃんと税金を払っててよかったなの巻でした。これが司法書士さんの有料相談に行くと30分5千円ですからね。

区役所や市役所無料相談はいろいろ沢山あります。タダより安いものはありません。ぜひご利用くださいね!男女参画センターの無料相談もありますよーーー。モラハラ相談できますよーーー!!

受験は親も子も狂います

以前この記事を書きました。

この時期恒例の受験ネタです。

昨年秋、道で元同僚にばったり会いました。なんとなく立ち話をしていたら、「娘が中学受験。成績が低迷し、思春期も重なって大荒れで手がつけられない」と心底困っているよう。彼女、子どもが生まれたときは「うちは公立一本だから。私立なんか考えてないから」と言い切っていたので、「子どもが希望する場合もあるわよ」と言ったのですが、「うちみたいに低収入(本当は高収入)な家は無理。絶対に受けさせない」。

子どもはこう育てるんだ、こうするんだとかなり理想の子育てをしていましたが、どうやら思いと実際は違ったようで。

#育児書どおりに育ったら、こんなに育児書が流行るわけない。みんな思った通りにできないから本に飛びつく

一応アドバイスをして、「受験は親も子も狂うのよ」と言ったら、道の真ん中で身もだえし、「狂いますよねーーー、狂いますよねーーー、そうなんだーーー、みんな狂うんだーーーー!!」と大絶叫しました。

#相当まいっていたみたい

私も通った道だから本当によくわかる。あの時期は自分はどうかしていたと思うほど、試験に落ちたらどうしようかと、そればかり考えていました。地方は高校名で一生が決まるというほど高校が大事。高校名を告げたら就職は門前払い、交際していた相手から結婚をお断りされ、結婚するとあからさまに相手の家から蔑まされ話の中にも入れてもらえない。「お正月は私だけキッチンで料理の上げ下げしてるのよ」と聞いたことがあります。高校名を偽って結婚した人もいます。

この差別をまともに受けるのは女性よりも男性の方が大きく、それゆえ受験に熱心なのは母よりも父の方が強かったりします。社会の中で高校名で差別されるのがどれほど辛いことか、身をもって知っているからです。

これくらいのあからさまな差別のある高校名。高校受験は一発勝負。地方は公高私低。公立高校受験に落ちたら辛い人生が待っていると思うと、正気の状態ではいられません。そのため、中学浪人をする人がとても多いという現実があります。この話を東京でしたら「中学浪人なんて考えられない」とびっくりされました。私の頃は裕福な家は公立高校に落ちたら、他県の私立高校に進学する人もいました。

埼玉でこの話をしたら、「埼玉もそうですよー。あからさまですよー」と言われました。首都圏の埼玉でもそうなのか。うちの子と同期の子の母親で精神科に入院した人がふたりいました。

高校で一生が決まるわけではないというのは事情を知らない人の言うこと。一生が決まることもあります。

「後からなぜあの時あんなに思いつめたんだろうって思うんだけどね」と彼女に言うと、泣きながらうんうんと頷いて、「やっぱり同じ経験をした人の話は説得力がありますー。同じ思いをしないとこの気持ちはわかってもらえませんもん」

「子どもの力を信じて」「これで一生が決まるわけじゃない」と聞いたようなことを言われても、狂った親や子には届かないのです。

嫁いびりがわからない

子どもが結婚し、配偶者という方が仲間内にはいりました。世に言う「お嫁さん」です。スープは冷めてしまいますが、割と近場に住んでいるのでいただきものがたまった時、渡さなければならない時は自転車で持っていきます。往復90分ですね。

さすがに自転車90分(しかも起伏の多いトライアルコース)は楽ではないので頻繁には行けないのですが、何かあったときにはさっと行けるというなかなか便利な距離です。相談員をしていた時に「近所に義母が住んでいて、過干渉がうざい」という相談を時々受けていましたので、うざいと思われるほど行かない方がいいのです。

私は身内では結構口がキツイと思われているようで、「嫁いびりするなよー」などと弟から言われたりしたのですが、今のところこのなかなかしんどい距離のおかげと、息子宅へ用もないのにノコノコ行くほど暇ではないので、平和な関係を保っています。

さて、この嫁いびりですが、橋田寿賀子が得意とするこのジャンルは昔から多くの女性が共感するので不動の人気を博しています。姑の側からするといびってはいないのです。あくまでも相手のことを思って、教育、指導です。だから「あなたのために言っているのよ」と、毎度言うでしょう。この押しつけがましさ(笑)

我が家の母親も、弟一家が家に来た時の鬼姑ぶりはなかなかのもので、私が何度も「そんなことは言わなくてもいい」と袖を引っ張っても「教えてやってるんだ!」と鬼の形相でしたね。弟の妻も3年ほどで来なくなり、両親が弟宅に行くとさーーっと実家に逃げるようになりました。

#当然ですね。母はただいま老人施設に隔離中

さて、嫁いびりですが、たぶん私はいびりができるほど会っていないのでやっていないと思うのですが、そもそも嫁いびりのやり方がわからない。この人を教育しようと思う気持ちもないので「これはこうするのよ!」と包丁を取り上げてやってみせることもない。

不自由だなと思ったら自分から治すだろう。ネットの世の中。自分でググって探すだろう。彼女がキッチンに立っても一緒に立つこともない。だって他にやってくれる人がいるならやる必要ないし。お正月に彼女が家に来た時も、私が全部やってました。

#勝手がわからない人がそばにいるとかえって邪魔なんだよね

嫁が手伝うのは当たり前だけど、自分はする必要はないと思うところが嫁いびりの入り口のような気がします。要するに上下関係を作ってしまうこと。

私は義母から怒られたこと、嫌なことを言われたことが一度もありません。聞きようによってはむっとするようなことを言われたかもしれませんが、彼女は心底良い人なので、悪気があって言っていないことはわかっているので気になりませんでした。

#嫁いびりってされたことがないので、やり方がわからないのよね。

後は「教育しよう」とか思わなければいいんじゃないかな。

教育熱心と教育虐待

「教育熱心と言えば母親」というのが世間一般の思い込みのような気がしますが、いろいろな方からのご相談を伺っていて(モラハラの相談に限りません)むしろ父親の方が度の過ぎる教育熱心さがあるような気がします。

お母さんたちの教育熱心は、評価されることのない主婦の代理として、子どもに良い教育(グレードの高い学校名)を求めるのに対して、父親の場合は実際に社会で生きていると、学歴によって差別を受けることがある悔しさを子ども託す、というようなことを感じます。

自分は私立大出身なので会社で苦労をしている、だから子どもには国立大に行って欲しいというような希望が、教育虐待を生んでいるような気がします。

それが実社会の現実をふまえたものだけに、「そうではない」と言ってもなかなか彼らの中には入って行きません。

親に悪気はないのです。自分が苦労しているから、子どもには苦労をさせたくないという親心から虐待のような教育を強いているのです。ただ、それがいつのまにか子どものためではなく、自分の達成感に置き換わっているように感じます。

そしてそれに耐えきれずぷっつんしてしまった子どもたちは山のようにいます。

ネグレクトとか、身体的虐待というわかりやすい虐待と共に、教育虐待は子どもの福祉分野では大きな問題になっています。

「いつか必ず死人が出る。それが親なのか子なのか、わからないけど」と関係者がいうほど、教育虐待はせっぱつまった問題です。

「あんまり勉強勉強と言いすぎたかもしれない」とは、すでに疲れ果てて身体や精神状態が極度に悪くなった子どもたちの親が異口同音にいう言葉です。

親とは悲しい生き物で、70点をとると「80点を目指せ」と言い、80点をとるともう少しがんばれば90点が取れると思ってしまう。←私もそうだったからわかりますよー。

でも究極に目指すのは、社会の中で子どもが自分で道を切り開きながら、よい人間関係の中で楽しく生きていって欲しいということなんだと、今は思います。

子どもが壊れてから後悔しても、壊れたものはなかなか元には戻らないですよ。