雪だ、雪だ♪

東京に雪が降りました。ぼたぼたと、地面についたとたん解けてしまういわゆる「ぼたん雪」。温度が高い時に降る雪だから、積りはしないだろうなぁ。地面が白い景色をシーズン1回は見たいから、ちょっとだけ積もって欲しい。

12月、1月と、カレンダーは冬なのに、東京はずっと晴天で、時にはコートもいらないくらい気温が上がっていました。

もう雪は沢山!の地方の方には申し訳ありませんが、東京で雪だるまが作れるほどの雪が降ってからもう何年も経っていて、雪を見たい見たい病。

通りがかりの小学校の校庭では、子どもたちが歓声をあげて上を見上げて走り回っていました。雪が降ると喜ぶのは子どもと犬と管理人。

ちなみに雪国では除雪費用は「お金を使うだけでなんにもならない予算」とされています。何か建造物ができるわけでもない、春になれば消えてしまうものを、膨大なお金をかけて寄せたり捨てたりするから。と言って寄せないわけにもいかないしなぁと、雪国では毎度の会話。

明日までにはやむそうなので、今晩は暖かい飲み物を用意して、いっときだけ雪国気分に浸ろうか。

不機嫌の椅子 2

こちらの続きです。
林真理子さんが「不機嫌の椅子」というタイトルのエッセイをお書きになっているということで、読んでみました。「ベストエッセイ2008」という」エッセイ集に入っています。

夫はいつも「不機嫌の椅子」を独り占めしていると書かれている作品の中に、気になる文章がふたつありました。

冒頭、結婚願望があった林さんはよく私と結婚してくれたと夫に対する感謝の言葉を綴っていますが、その後に続きます。

”やがてあなたがえばり出したのは、いったいいつ頃だったでしょうか。確か二年目ぐらいだと記憶しています。私という女が、実は、言われているほど傲慢でも個性的でもなく、古風な結婚観の持ち主だということに気づいたからに違いありません”

ずっと前に林さんが「ユーミンと一緒に、離婚はしないと話した」とどこかで書かれたか、インタビューで答えられたかしたと記憶しています。ユーミンも林真理子さんも時代の先端で旗を振っているように見えて、結婚観は古風なようです。ただ、夫がえばり出したのが2年後というのはずいぶん時間がかかったなという感じ。モラハラ加害者ならば、一瞬で見抜きますから。

見抜いてから本性を出すまでに爪を隠しておくというのはやりますが、それにしても結婚してから2年は長い。

林さんが古風な結婚観を持っていることに気づいた夫は「不機嫌の椅子」を独り占めするようになった。こいつは絶対に自分から離れないとわかったら、家の中でブンブンと不機嫌を隠さずにふるまうようになった。

”「帰りが遅い」「うちが散らかっている」「お袋の誕生日を忘れた」という小言もさることながら、私が驚いたのはあなたの”不機嫌”の持続力です。商いの家に育った私は、イヤなことがあっても、喧嘩をしても、次の朝にはニコニコと食卓につくことを躾けられました。ところがあなたは何日も口をきかない。一週間、あるいは十日もです”

そして”私はとにかくあなたがその椅子に座らないよう、気を遣ったり、先回りしたりの十六年だったような気がします”と続きます。

もうモラハラ被害者ならばわかるわかると首をブンブンと縦に振りそうな文章です。さすがエッセイの名手、林真理子さんならではの簡潔明瞭な表現です。

そして最後に”私は結婚当初の負い目がまだあるのでしょうか”で締めくくられています。

結婚前、世の中で”ブスで売れ残りで結婚願望を売り物にしている女”というレッテルだった林さんと結婚しようという男性が現われた。そのことだけでも感謝すべきだよと周りから言われ、ご本人もそう思ったでしょう。

実はモラハラ被害者にはバツイチや夫よりも年がすごく上という方が目につきます。これはもう結婚当初から「こんな私なのによくもらってくれた」という「負い目」が最初からあり、モラ夫はそこに付け込んでくるのです。

また、そのような負い目が本当はないのに、「こんな私なのに」を自分で作ってしまう方もいます。一言で言ってしまえば「自己肯定感が低い」ということになるのでしょう。ただ、これは裏を返せば、尊大にならず、自分をわきまえるという美徳のはずなのですが、これを逆手に取られてしまうのです。

大体「私みたいないい女と結婚出来てありがたく思え」という女性がいたら、やなやつだと思いませんか?ところがこういうのに引っ付く自己評価が低い男性がいるのも事実。まさに割れ鍋に綴じ蓋。

ともかく「私みたいな女と結婚してくださって」という古風で奥ゆかしい美徳を持った林真理子さんは、不機嫌の椅子を独り占めする夫と今も結婚生活を続けているようですが、これで作家としてはむしろ深みが増したのではないかと思うのです。

これが優しくてなんでもはいはいの夫ならば、こういった苦労も世の中にあるのだということは表面的には理解できても、ひとつ屋根の下に暮らし、夕餉を囲み、傍からは仲のいい夫婦に見える妻の心の奥底に「いつ、この夫を誰にもわからないようにどうやって殺してやろうか」という感情が潜むということは、本当のところで理解できなかったかもしれません。

被害者には、なってみないとそのすべてはわからないものだと思います。

電話相談始まりました

予告をしていました電話相談のスケジュールをアップしました。

https://morahara.cocoon.jp/denwasoudan.html

お選びいただく時間が少ないので申し訳ありません。もしこの時間以外でご希望がありましたらご相談下さい。できるだけ対応させていただきます。土日祝、夜間もOKです。

この相談から避難を実行されたり、実行までの準備を整えられたり、まだ決心のつかない方、これはモラハラなのだろうかと不安な方、また、モラハラ以外にも毒親との関係や生き方など、モラハラ被害者同盟を18年間行ってきた管理人が、お話を伺わせていただきます。

コロナ禍でちょっと気持ちをお休みしたい、不安ばかりがあるなどの漠然としたお悩みがある方にほっこりしていただけるよう対応させていただきます。

お待ちしております。

次回は4月頃に行う予定です。

いま、風が吹いているー向田邦子さん

先日用事ができて、超久しぶりに電車乗って渋谷に行くことになりました。緊急事態宣言で夜も昼も外出するなとのお達しが出ていますが、これは仕方がない。用事ひとつのために渋谷に行くのもなんだなぁと思い、目に留まったのは

https://www.spiral.co.jp/topics/art-and-event/mukodakuniko

向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」

向田邦子さんが亡くなった日のことは今も覚えています。家に帰って夕刊を開いたら「向田邦子さん台湾で飛行機事故」と。

「なんで!」と、思わず大きな声で叫びました。

もっともっと向田さんの文章を読みたかった。もっともっとドラマを見たかった。あの「阿修羅のごとく」で鳴り響いたトルコ軍楽「ジェッディン・デデン」を聞いて、「ああ、NHKのドラマでやってた」と膝を打つ人は相当数いると思います。

私はこの曲からインスパイアされて、これで行進する生のオスマントルコ軍を見に行こうと本気で考えたことがあり、それは今でも実現させるつもりの「次に行きたい国」のリストの中に入っています。

東京に転居する時に、持っていた本を沢山処分しましたが、向田さんの本は持ってきました。「眠る杯」「父の詫び状」「夜中の薔薇」「女の人差し指」
向田さんの作品はシナリオも含めてほとんど読んでいると思います。

渋谷の会場では、向田さんが着用された服や愛用された食器の展示などもあり、それを見ていると、古き良き昭和の時代を思い出させるとともに、「向田さんは『歩く暮らしの手帳』」のようだなぁ」と。

「暮らしの手帳」「婦人公論」「婦人画報」は当時の女性が好んで読んでいる雑誌でしたねぇ(しみじみ)

展示されている服はどれもおそらく向田さんが吟味されて選ばれ、大切に着用されていたと思われるものばかりでした。コートなんか今でも着られそうです。

会場では向田さんの妹さんが経営されていた「ままや」で提供されていた「一口カレー」を食べることができたのですが、残念、他で食べてしまってお腹いっぱい。

本来はイベントとしてトークショーなどもあったのですが、緊急事態宣言でオンライン配信になりました。これは遠くに住んでいる方にはむしろ朗報で、コロナ禍が運んできた数少ないお土産かもしれません。

<オンライン配信>

https://members.tvuch.com/mukoda/

向田さんは東京の風景をよくエッセイでお書きになっていましたが、田舎に住んでいた私はその情景をすべて想像するしかありませんでした。東京に住んでいる今、もう一度向田文学を読み直してみようかと思っています。

「夜に駆ける」でエクササイズ

昨年の紅白歌合戦。いつも紅白を見ていて思うのですが、若い女の子が沢山いるグループの区別がつきません。グループ名と歌が一致した最後は「モーニング娘。」かもしれない。

若いモンの歌は知りません。ただ、「鬼滅の刃」と「夜に駆ける」は知っていました。どちらのエクササイズで使っていた曲だからです。

「夜に駆ける」はこちら

座ったままでできるので、時間と場所をとらなくて便利です♪

「鬼滅の刃」はインストラクターのオリジナルなので動画はありませんのです。
今は髭ダンで踊っています。

ステイホームと灰汁

緊急事態宣言が出て、不要不急の外出は控えるようにとお達しが出ていますが、お店もジムも営業しているし、元々夜は外に出ないので、私の生活は普段と変わりなく淡々と流れています。

こんな時はひとり暮らしの気ままさが十分に味わえます。

今日は何を食べさせようかとか、とにかく同居人がいると1日中「次に食べさせるもの」のことで頭がいっぱい。だけどひとり暮らしならば今日は何を食べようかなーと、自分が食べるもののことで頭がいっぱい(楽しい♪)

ひとりで「今日のお酒は何にしようかなー」と、料理に合わせてお酒を選び、ゆっくりと食事をしながらテレビを見る。撮りだめたブルーレイの映画を見る。当然チャンネル独り占め。ダラダラと続く夕飯は、席をリクライニングの椅子に替えて続く。

被害者の方は「ひとりになるのが寂しい、怖い。モラ夫でもいないよりマシ」と仰るけど、それは、「ひとりで食べる食事は寂しい」という、どこかの方の言葉をうのみにしているからではないでしょうか。

一生懸命作ったところで何も言わずに食べるか、味が薄い濃い、量が多い、少ないと言われながら食べる食事がひとりで食べる食事よりも旨かろうはずがない。

なのに「ひとりで食べる食事が寂しいと聞いた」と、ひとりになることをためらう。

昔、当時人気だったシンガーが「料理が好きなんです。灰汁も味のひとつと思って取りません」というインタビュー記事を見つけ、「そうだよね、灰汁も味のひとつだよね」と灰汁を取らないようになりました。

その時は灰汁を取るのが面倒だったから「灰汁も味のうち」という言葉に飛びつきました。人間、自分の都合のよい言葉に飛びつくを実践しました(笑

避難をためらっている方たちは、もしかしたらその傾向がありませんか?

夫とぴったりと一緒にいるステイホームは楽しいですか?

それとも「モラ夫でもいないよりマシ」ですか?

さよならも言わないままで

Misiaの「さよならも言わないままで」(コロナ関連です。ちょっとこの話題は厳しいなぁという方はパスしてください)

どんな雄弁より、どんな説得より、どんな脅しより、心に刺さるものがある。

冬の散歩道

昨年4月から毎朝6時に45分のウォーキングをしています。もっとも夏は6時ではすでに暑くて厳しいので5時台スタートでしたし、今は6時では真っ暗なのと、氷点下なので30分ほど後ずらしをして家を出ています。これは雨の日を除いて、お正月も休まず続けています。

ウォーキングそのものは東京に来る前に、夜7時30分から1時間していましたので、特に辛いと言うことはありません。その時はダイエット目的。2か月のウォーキングで5キロ減らし、それから15年間リバウンドなしです(偉。

ダイエットが成功した後も、スーパーの商品が半額になる20時を目指して歩いていましたが、東京に転居したら「夜道のひとり歩きは危険」という立札があって、東京は夜は歩けないのだと知り、結局ジムに通うことになり、ほぼ毎日のジム通いがついに11年目です。

尤も最初のウォーキングは小学生の時。今googlemapで見ると、大人の足で往復30分のところをひとりで考え事をしたい時に歩いていました。歩けば考える深度が増すというのは、小学生の時に何となく実感として気づいたものですが、これ当たってましたね。

今歩いているのは緑道と呼ばれるところで、沢山の樹木が植えてある道を歩きます。春はサクランボが実をつけていたので、たまたま時間が一緒になるウォーキング仲間(おじいさんとかおばあさん)と一緒にサクランボ狩り。そのウォーキング仲間に木の持ち主さんがいたので、ありがたくいただきました。

梅の木もあって、実が風で落ちた翌日は、大きなLサイズのゴミ袋にいっぱい梅の実を3袋も詰めて帰った方がいました。あれ、どうするんだろう。私は果実酒を漬けたことはないのですが、ネットで調べて桜桃酒と梅酒を初めて漬けました。ナニ、実と焼酎と氷砂糖を入れればいいだけだから。

ある日、ウチにやってきた子どもが「これ、おばあちゃんちにある梅酒と同じ!」と、小さな瓶につめた梅酒をほとんど飲んでいきました。来年は大きな瓶を買って漬けよう。

緑地はサンクチュアリと化していて、鳥のさえずりも心地よく、尾の長い鳥がいるなぁとは思っていましたが、今日、深緑の完全保護色の小さな鳥を見つけました。日本野鳥の会に入ってみようかしらん。

そして梅の木には梅の花が今2~3分咲きです。静かに春が来ています。そしてコロナ2年目の春。サクランボの実が鳴る頃にはどうなっているのでしょうか。

不機嫌の椅子

ネットを徘徊していて、林真理子さんが「家には不機嫌の椅子があって、夫はいつもそこに座っている」という一文が目に留まりました。そういえば、以前同じ文章を同じ林真理子さんで見たことがあります。

「不機嫌の椅子」と聞いたら、いっぺんでその状況がわかります。ちなみに「不機嫌の椅子」という言葉を最初に考案したのは田辺聖子さんだそうです。

”家には「不機嫌の椅子」というものが1個だけある。最初に誰かがそこに座ったら、他の人は座れない”

#さすがお聖さん、うまいこと言うな。

モラハラ家庭ではその椅子は「誰かが座る」という概念はありません。そこに座る人は決まっています。もし空いていても(夫が不機嫌でなくても)、誰がかがそこに座ることは絶対にない。

林真理子さんのエッセイには時々この「不機嫌の椅子」を独り占めしている夫が登場します。林さんが夫のことをこんなに叩いていいのかと思うほど、「嫌なヤツ!」のオーラが本から立ち上るほど書いています。

いつのエッセイだったから、「いつも機嫌が悪いが、お腹が空いていると更に機嫌が悪くなる」と書いて「海老の皮をむ」いていました。

林さんの夫は林さんの書いたものを読まないのだろうか、読んでもなんとも思わないのだろうか。モラ夫ならばもう離婚か文筆業ができなくなるかの選択を迫られることになるだろうけど。

どうやら林さんの夫は林真理子が大人気の作家であることをあまり知らずに見合い結婚をしたようで、そんな人気作家の夫になるということは、それなりの苦労が伴うことを想像できなかったようです。

でも、いつぞやテレビで「林真理子の自宅訪問」をしていたら、高級住宅街の戸建ての家のガレージには車に疎い私が見ても高級そうな外車が複数台止まっていました。これを書くにあたってちょっとネットでググってみたら、林さんが買ってあげたそう。

と書くと、「女房から買ってもらったという僻みがあるから、不機嫌の椅子に座るのではないか」と想像できそうですが、そうかな。そうだったら1台買って止めると思うな。モラ夫によく似た、一度手を上げたら下し方のわからない昭和の親父だったら、絶対に女房から買ってもらった車に嬉しそうに乗るなんてことはしないはず。

モラ夫と生活していると、夫の機嫌にはものすごく敏感になる。ただし、モラ夫の場合は不機嫌の理由がまったく読めない。同じことをしても、ある時は機嫌が良く、ある時はダメという、その時によって違うので、予想がつかない。だから混乱する。周りからは「ちゃんと夫が何を欲しているか気遣え」と言われる。

林真理子さんの夫は不機嫌になる理由が一定なのか、ゴロゴロ始終動くのか伺ってみたいものです。

ベランダから~南天もどき

何年か前に葉ボタンのあしらいとして買った南天もどきが赤い実をつけています。なぜ南天もどきかというと、この植物の名前がわからず、千両かもしれないし万両かもしれないし、もしかしたら他の植物かもしれず、ともかくなんだかわからないけど、冬になると赤い実をつける植物です。

でも、暖かいとはいえ冬にはそれなりの気温になる東京のベランダで、毎年赤い実をつけてくれるのは嬉しいもの。買った時には一株だったものが、今は増えに増えて、プランターひとつを占領しています。

あしらいの役目はとっくにできず、冬のベランダの主役級の座につきました。

それにしても東京は気温は低いものの、毎日お日様さんさんでいい天気。テレビで北国や日本海側の大雪を映すと、同じ日本なのに不公平だなぁと思います。でも、私も東京に来る前は半年グレーの空しか見えないところに住んでいましたが、私はそれを気にいっていました。だって、天気が悪いんだから何もできない、よって家に閉じこもるしかない。

家に閉じこもって本を読んだり、録画した映画を見たり、お料理を作ったり、あちこちネットを見るのもなかなか楽しいもの。閉じこもる前、11月に家の周りの掃除といった冬ごもりの準備をして、後は天気のせいにして炬燵と仲のいい友だちになってべっとりと張り付く冬が好きでした。

#炬燵って、なんであんなに気持ちがいいんでしょうね。

東京は毎日青空だから、いい天気なのに、家にいるのがもったいない、外に出て何かしなければと思うのは、冬はグレーの地方に育ったせいだと思います。何しろ今日も青空で、どこかへ行かなければと思う。

ああ、そうでした。緊急事態宣言で、家に籠らなければならないのでした。

こんな時、家に誰もいないというのは、本当に気楽です。これで誰かいたら、目障りでしょうがないし、モラ夫なんかいたら、24時間緊張していなければならず、どこからかのっそりと現れる時は熊かイノシシが出たようになる。

時々「ひとりだと寂しくないですか?」と被害者の方に聞かれますが

いっぺんひとり暮らしをしたら、二度と元には戻りたくない!って思いますよ、と答えています。