今年もお世話になりましたー禍福は糾える縄の如し

「かふくはあざなえるなわのごとし」は、あまり幸福ではない時にぽっと頭のなかに浮かびます。今は幸せと思えない時でも、いつかは糾える縄のように幸福がやってくるかもしれない。

幸福という縄と不幸とい縄がよられて一本の太い縄になります。これが幸福だけの縄だったら幸福は幸福でなく当たり前。

不幸があるから幸福を感じられる。

不幸の度合いが大きければ、小さな幸せがものすごく大きな幸福に感じます。不幸だったからこそ幸せが感じられるものです。

「えーーー、そーゆーのやだしー。幸せだけの方がいいーーー」とZ世代からは言われるかもしれませんね。

でも60年以上生きてくると、やっぱり「禍福は糾える縄の如し」だと思うのですよ。いい時もあればそうでない時もある。そうでない時におろおろせずに達観できるような人が大人だなぁと思います。

60年以上生きていますが、まだ大人になれていないのがお恥ずかしい。

今年もお世話になりました。

まだモラ夫と生活している方たちは辛い時期になりますが、来年こそ人生がひらける出来事がありますよう、願っています。

身に付いた金銭感覚は治らない

母が92歳になり、施設暮らしも4年になりました。実は「高齢者は今住んでいるところから動かしてはならない」というのが高齢者に携わる方たちの常識で、私も知っていたのですが、母が施設に行くと自分で決断したので、ご意向に沿いました。

高齢になって判断力が無くなっているし、もともと思考に偏りがあるので、本来は判断をさせてはならないとは思いますが、こちらが「こうした方がいいよ」と言って、もしそれがうまくいかなかった場合は「お前のせいで云々」と、全部こちらの責任にされて延々罵倒されるので、すべて母親に判断させています。

そもそも近所の人の悪口三昧だったので、そんなに嫌なところだったら居ない方がよかろうと思って手配したのですが、今になって「いい人たちばかりだった」「帰りたい」と申しております。

確かに高齢者は環境の変化に適応しづらいので、うつになったりあっという間に亡くなったりしますが、わが母はもろともせずにうつにもならず、元気いっぱいであります。

月に1度程度は訪ねるようにはしていますが、その時には母は「お土産」と言って100均のお菓子を2つばかり持ってきます。3本が束になった魚肉ソーセージのこともありました。

先日友人のお母さまが友人とクルーズ船で日本一周をしたという話と写真を見せてもらいました。全額お母さまの支払いだったそうです。

「すごいね~」というと、「だってお金を持ってあの世に行けないじゃない。この世にいるときに楽しい思いをしなきゃもったいない」とのこと。

そして話をすりあわせると、どうもうちの母とこのお母様の所持金はそう変わらないみたい。

クルーズ旅行にポンとお金を出して、娘と一緒にクルーズ船にのる人と、100均のお菓子をお土産に持ってくる人。

倹約が身についた人というのは、お金があっても使えないもので、私もその部類なのですが、母の場合、人に出させるのは平気なのです。私が負担するときはドンと高いものを要求します。私は使わなくてもいいお金を出すのは私自身も、相手が使うのも「もったいない」と思ってしまうクチです。

お金がないのについ欲しいものをリボ払いなどで買ってしまうという人がいますが、一旦身に付いた「欲しいものは財布の中を考えずに買ってしまう」という癖はなかなか治らないようです。

リボ払いは「借金」ですよ!

高島屋のクリスマスケーキ騒動でほっこりしたコメント

今読んだyahooの記事にほっこりしました。

高島屋の宅配クリスマスケーキが崩れてしまって届いたという「事件」へのコメントです。

投稿されたケーキの写真を見ると、ちょっとやそっとの崩れ方ではなく、あまりのひどさに笑ってしまったというくらいの崩れ方です。

5,400円のケーキだそうですから、それは悲劇です。

https://news.yahoo.co.jp/articles/1b4473f67785412ba61e040e046c3d5759a5caba/images/000

ただ、コメントを見ると、運送業者さんや販売をされている方のものは「そもそもケーキを宅配するというのが間違っている」というものが多くみられました。

確かに私がケーキを買うと、自転車で家まで運ぶ間にケーキは箱の中で揺さぶられ、原形をとどめていないことが多いです。

そんな「援護」コメントの中で沢山返事のついたコメントがあり、そのエピソードにとてもほっこりしました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/411e0736ad735f1d8ee2d268cb12c5508d72a4ee/comments

”子供の頃、ケーキ屋さんで親に買ってもらった、大きいサイズのものをそれはそれは大事に抱えて家路に着いた時の事を思い出しました。
 無事に帰宅して、母親に頭を撫でてもらいながら、自慢げに頬張ったケーキの味は、今でも忘れる事の出来ない美味しいものでした。”

”本当はケーキも、お店からお客様と一緒に帰りたいと思っているかもね。”

有名店のケーキを宅配してもらうのではなく、近所のお菓子屋さんから買ってきてもいいのでは?というのは私もそうだなと思います。

ちなみに私の実家はまだ父親が酒乱になる前、どうも会社で業者さんとやりとりをする仕事だったらしく、付け届けのクリスマスケーキが3つも4つも届きました。

たぶん「あの家は子どもがいるから」ということで選んだのでしょうが、その当時、ケーキのクリームはバタークリーム。私はあのヌルヌルするバタークリームが苦手で、しかもバタークリームで作ったバラの花がいっぱいのっかってる(お決まりで仁丹も乗っている)

私が食べられるのはチョコレートのものだけなので、クリームをよけながらジャムが挟んであるスポンジを食べていました。

初めて生クリームのケーキを食べた時は「こんなに美味しいものが世の中にあるのか」と思いました。見た目は同じでもバタークリームのものと違って、口のなかでふわっと溶ける。そしてバラの花の代わりにイチゴが乗っている。

とまぁ、コメントの返信にもあったように、ケーキにはいろいろな思い出がそれぞれにあるものです。

「奮発して有名店のケーキを頼んだんだよ」というのもありかと思うのですが、何分運送には難しいものなので、事故があるかもしれないは覚悟しておいた方がいいかもしれませんね

でも、今回のケーキは冷凍ケーキだそうで、崩れたまま凍って届いたそう。そして地域が偏らず、いろんな地域の配送だから配送の問題ではない。

となると、配送前に崩れていたことになりますよね。この謎は早く解けるでしょうが、今後あのスカスカおせちと共に年末の話題になるかも。

一番大好きなクリスマスソング

今日のクリスマスイブはみなさん、どのように過ごされましたでしょうか。

ところでクリスマスソングはこの時期になると商店街のどこからも聞こえるものですが、大抵はオーソドックスな曲、「きよしこの夜」「ジングルベル」「赤鼻のトナカイ」などですが、私はこのオーソドックスな曲の中で一番好きなのは「そりすべり」です。

「そりすべり」と聞いてもピンとこない方はこちら↓

1950年代古きアメリカの、いかにも賑やか華やかなクリスマスを思い起こします。(行ったことないけど)。

昔ガラケーの頃、クリスマスシーズンになるとこの曲を着メロにしていました。

クリスマスが終わると「白い恋人たち」へチェンジです。

アメリカの古いクリスマスシーンでは「若草物語」の四人姉妹がバスケットにご馳走を入れて隣の家に持って行ったけな、とか。
私が思い出すのはこっちの方ね。

まだモラ夫と暮らしていたころ、モラ夫は「ホワイトクリスマス」が好きで、この古い映画をよく見ていました。

#古いものが好きなんだよ

そして子どもたち(もういい大人だ)が好きなのは「ホームアローン」

先週の金曜ロードショーでもやっていましたね。マコーレ・カルキン君は子役での成功のあと、両親が彼の稼ぐお金を目当てにもめたり、ドラッグの過剰摂取があったり、若い時から結婚離婚を繰り返したりとジェットコースターのような人生でしたがそれを乗り越え、「ホームアローン」で母親役をしていたキャサリン・オハラから讃えられていました。

とにかくイベントごとになると騒動を起こすのがモラ夫ですので、年末年始が終わるまで気がぬけません。次はお正月。何事もないことを祈りましょう。

月星シューズ(moon star)の対応に感動した

たまたま電車で出かけた先で、時間が余ったので靴屋に入ったところ、歩きやすそうな靴を見つけたので5,000円ほどのウォーキングシューズを買いました。Moon star製です。

Moon star(月星)といえば学校で履く上履きでよくお見掛けするメーカー。このメーカーだから買ったというより、よさそうだと思ったのがたまたまこのメーカーだっただけです。

予定していた旅行で履こうと思い、足慣らしのために5~6回履いたところ、後ろ部分の合成皮革がはがれてきてしまいました。よく見ると、ほかにも本体から剥がれそうになっている箇所があります。

たった、5~6回の着用でこんな風になるなんて。それともこの程度の値段のものはこういうものなのかしらと、腹立たしさと困惑でむらむらっとしました。

買ったお店に持っていけばいいのでしょうが、交通費がかかるうえ、交換してくれるかどうかはわかりません。月星と言えば靴では有名なメーカーなんだから、お客様相談室みたいなものはあるだろうとググって電話をしてみました。

#クレーマーみたいでいやだけど、5千円のものが5、6回使用でボロボロになるなんてそちらの方も納得がいかない。

「あの~、先月買った靴が使用5,6回で革が剥がれてきたんですけどー」という訴えに、繋がった電話の向こうでは慣れている女性の方がてきぱきと進めてくださいました。

品番も型式もついておらず、あるのはクレジットカードで買った伝票だけ。

すると女性は「品物を見たいのでヤマト運輸が伺いますから渡してください」と仰る。レシート等はあればいいが、なくてもかまわないとのこと。

早速靴を箱に入れ(買った時に箱はつかなかったので別の箱)、宅急便を待ちました。電話後2日ほどで宅急便業者が靴を取りにきて数日後。

「靴を調べたところ経年劣化によってはがれてしまったと思われます。申し訳ありませんでした」と、また女性から連絡がありました。もう同じ型式の物はないので、返金するとのこと。

パタパタと入金口座を聞かれたなんと翌日に入金がありました。

こういったクレームに対してあーでもない、こーでもないと結論を引き延ばすメーカーが多い中、この迅速な対応に感激。早速Moon starのHPで会員登録を行い、そのまま別の靴を購入しました。

私は足の形が独特のため靴はネットではまず買わないのですが、返品した靴は合ったのでたぶん大丈夫だろうと。

そして新規登録のクーポンやら送付割引(配達は急ぎませんを選択すると300円引き)やら、もともと20%オフ商品やらで、前の靴よりも上等な靴を安価で購入することができました。

なんだかもやもやっとする今日この頃、このすかっとさわやかな出来事で心が温まりました。

それにしても店頭に並んだ靴が経年劣化とは、長い間売れずに陳列棚にあったということなんでしょうかね。

強制執行はどうやって行うのか

こちらの続きです。

さて、本当に養育費が支払われなくなったら実際の強制執行をしますが、弁護士に依頼すると10万円ほどの費用がかかります。10万円がきびしい時は自分でやってみましょう。

弁護士がやるようなことを自分ができるのかと躊躇したら、「できなければその時に弁護士に頼めばいい」と考えましょう。「それじゃ、やったぶんだけ損なのでは」と思わないこと。やったところまでやったことは自分の身についています。きっとこれからどこかで生きることになります。

では実際の強制執行ですが、このページにやりかたが書いてあります。

https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/youikuhi-tetsuzuki/index.html

https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2021/R0310yoikuhishiharaiukerarenaikatanotameni.pdf

こちらはリーフレットです。

強制執行は債務執行ですので、するときはもよりの地方裁判所(家庭裁判所ではありません)に申し出ます。

申立書などの必要書類を地方裁判所に提出(窓口での提出でも,郵送でも可)となっていますので、遠かったら郵送しましょう。

必要な書類は↓
https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section21/huyougimu_teikikin_saiken/index.html

専門用語がいっぱい並んでいますが、わからなければ裁判所の方に電話して聞きましょう。不備があればまた追加や修正をすればいいのです。これで10万円の出費が押さえられたらしめたものじゃないですか。

養育費が払われなくなったら強制執行

よく公正証書を作ったり、離婚調停をするときに「もし養育費が払われなくなったら強制執行ができますよ」というアドバイスがあります。そうかと安心している方も多いかもしれませんが、実際はいろいろとハードルがあります。その一番高いハードルは「強制執行できるのは夫に収入があること、自営業でないこと」というハードルです。

強制執行するものは大体相手の給料なので、自営業者から強制執行しようとすると、会社の業績が悪いので払えないなどと言い出しますからこれは難しい。また給料所得者でも払わない夫の中には職を転々とする夫もいるので、どこで働いているか突き止めなければならないという関門があります。

これを考えると、本当に日本は変な国だなぁと思います。こういった債権回収を当事者である妻(あるいは夫)が個人で行わなければならないというのは先進国ではそう多くないそうです。大抵は国がいったん決まった養育費を建て替え、それを父親に税金と一緒に請求する、または夫から先に支払わせ、それを子どもへ渡すというやり方です。つまり債権回収は将来税金を納めて国を作っていく子どもたちを育てるため、国がやるものなのです。

それが日本では個人でやれという。どこで働いているかわからない場合も自分で突き止めろという。なんじゃこりゃ、です。

さて「強制執行をすればいい」と簡単に言いますが、実際の強制執行はそこまで簡単ではありません。第一段階として、もし調停で決まった養育費が払われない場合は裁判所に1本電話をして「養育費が払われないので払うように言ってほしい」と言えば何の手続きもいらず、裁判所から支払い義務者に連絡してくれます。これは簡単。

面倒くさいのはそれでも払わない時の強制執行です。

以前掲示板で笹ベアさんが「弁護士に頼むとお金がかかるので自分でやった」という書き込みがありましたので、どういうものか探してみました。

まずは裁判所のHPをじっくりと見てみる。

https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/youikuhi-tetsuzuki/index.html
養育費に関する手続き

ふむふむ。裁判所の手続きで取り決めがある(調停をやった)場合は履行勧告ですね。

この頃お気に入りの言葉

最近お気に入りになった言葉があります。

「たいていのことは 後になればみんな笑い話」

モラ夫からモラモラされても、後になればお茶を飲みながら笑い話にできます。

モラ夫にされたことはもう乗り越えているけれど、母から言われたことはまだ未消化のまま残っています。夫とは別れて勝利しているけれど、母はまだ生きていて、母はその言葉を覚えていないし、言っても反省はしないだろう。

母が死んだら、言われたいろんなことは笑い話にできるんだろうか。

選択制夫婦別姓制度への長い道のり

先日選択制夫婦別姓のシンポジウムに足を運びました。私自身は姓とは人を区別するための印ぐらいにしか考えておらず、アイデンティなどもなく、割とどうでもいいという程度の認識です。

ただ、姓を変えることで起こる面倒な手続きや、変えたことによって「〇〇家の人になった」的な思い込みや勘違いがたくさんあることは嫌だなとは思います。

特に仕事をしていると姓を変えたことをいちいち人に説明せねばならず、それが結婚によりだったらニコニコと話せますが、離婚による場合は言う方も聞く方も不穏な雰囲気がただようことになってしまいます。

実際結婚で姓を変えた時は旧姓婚姻性の相関がわかるような書類を持ち歩いていたものです。

クレジットカードや銀行口座やパスポートや今はマイナンバーカードなど、姓を変えるといろいろなものを変えなくてはならず、今まで自分が築き上げてきた実績が無くなってまいます。「鈴木は佐藤に変わりました」言っても、自分が作り上げてきたものすべては社会的には認知されません。

#それができたのはユーミンくらいじゃないだろうか

シンポジウムでは妻の姓に改正したサイボウズの青野慶久さんのことが取り上げられて、「改正するとどんなに経済的、社会的、精神的に疲弊するか」について書かれた本の紹介がありました。

この青野さんがなぜ選択制別姓の裁判を起こしたかについて書かれたページがあります。

https://note.com/change_jp/n/nf0f6ff15ae68

青野さんは強い信念や希望があってこの運動をしたわけではなく、なんとなく妻の姓にしたら大変なことだらけで、これは夫婦が同じ姓でなくてもいいのではないか、それがダメなら選択制別姓にした方がいいんじゃないだろうかと思ったそうです。

私も姓に関してはこれから変える予定はないので、それほど熱を入れて見ていたわけではないのですが、なぜ選択制別姓が裁判で否決されてしまうのかを読んでみたら、これは共同親権を進めようとする輩と同じ穴のムジナなんだと思いました。

さらに、ググってみたらこんなものが。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/seigan/173/yousi/yo1730602.htm

「選択的夫婦別姓の法制化反対に関する請願」

これを読んでムラムラ~!と来たのですよ。

”別姓を望む者は、家族や親族という共同体を尊重することよりも個人の嗜好(しこう)や都合を優先する思想を持っているので、この制度を導入することにより、このような個人主義的な思想を持つ者を社会や政府が公認したようなことになる。現在、家族や地域社会などの共同体の機能が損なわれ、けじめのないいい加減な結婚・離婚が増え、離婚率が上昇し、それを原因として、悲しい思いをする子供たちが増えている。”

夫婦が別姓になると、離婚が増えて子どもが悲しい思いをし、

”一体感を持つ強い絆のある家庭に、健全な心を持つ子供が育つものであり、家族がバラバラの姓であることは、家族の一体感を失う。子供の心の健全な成長のことを考えたとき、夫婦・家族が一体感を持つ同一の姓であることがいいということは言うまでもない。”

同姓でないと強い絆が作れないという。

ちなみに辻村先生の講演で場内が嘲笑と共にどよめいたのは、「夫婦同姓しかないのは現在日本とインドのヒンズー教、ジャマイカの一部だけです」でした。

夫婦の姓についてはどこの国も論議の的になっており、それぞれの国があれやこれやと方策をしていたはず。そして今はもうインドのヒンズー教とジャマイカの一部しか同姓は残っていないとのこと。

日本がうかうかしているうちに、よそ様は先に進んでいたのです。

青野さんの話にも辻村先生の話にも同じことがありました。

「政権が変わらなければ選択制夫婦別姓は進まない」

あの請願書にあるような「夫婦が同姓でないとけじめのないいい加減な結婚・離婚が増え、離婚率が上昇し」というどこの世界のどの時代の話かと思うようなことを堂々と掲げる政党が政権を握っているうちは変わらない。

インドのヒンズー教やジャマイカの一部とご一緒に、日本人は暮らさなければいけないのだなぁ。

モラ夫は個人事業主が多い

2009年に「Q&Aモラル・ハラスメント」という本を出版しましたが、その本の巻末にアンケート調査を載せました。その中で「夫の職業は?」という項目をつけました。そして分類は「公務員」「自営業」「会社員」という大雑把なものではなく、自由記述にしました。できるだけ詳しく書いてくださいとしたところ、具体的な会社名や課の名前まで書いてくださった方がいました。よほど「憎し」だったのでしょう。

そういうアンケートの取り方をしたため統計を取ることができませんでしたが、こちらの方としてはなかなか面白い回答結果となりました。

夫の職業はあらゆる職業があったのですが、目についたのは「自営業」がすごく多かったことです。これはモラ夫という人物を知れば当然のことと思います。

自営業といっても人を使うような規模ではなく、ひとり親方とか、妻とふたりでといった個人事業主の体形をとっているような人がとても多くいました。モラ夫は何しろ俺様なので、人から指図を受けるのが大嫌いなのです。

それでもデザインやITといったひとりでできるような分野ではそれなりの収入に繋がりますが、顧客とコミュニケーションをとらなければならない、営業をしなければならないようなものは俺様のモラ夫には荷が重くなります。

結局お客とケンカをして仕事がとれなかったり、地味な事務はできず、それでも「俺は悪くない、相手が悪い」と言い続けるので、お店や会社は先細っていきます。

アイディアを生かして小さなグッズをつくる会社を家族で経営していた方がいましたが、モラハラに耐えられなくなって離婚。妻は自分で会社を作りました。

元々アイディアを出すのも制作するのも事務をするのも妻だったので、顧客は新しく作った会社に移り、モラ夫の会社は倒産しました。

その後はどうなったかわかりませんが、妻の方はとても優秀な方だったので、きっとうまく会社を経営されていると思います。

自分で会社を作ると言えば聞こえはいいのですが、結局人から指図されたくない俺様ゆえの起業独立で、自分のすることはすべて正しい、悪いことは全部人のせいという自己中心的なやり方ですから、長続きも難しいだろうなと思います。

そういう人と結婚をすると、結婚も生活も人生もすべてうまくいかず、常にお金の心配ばかりしていることになります。自営業の方との結婚は会社の業績もそうですが、本人の性格もよく観察しないと仕事も家庭も全部失うことになります。