クリアファイルのまなざし

東京に転居してきたとき、まずやらなければならなかったのは都市銀行に口座を作ることでした。私が使っていた地方銀行は使えない。そこで行ったのは利用している駅の前にあった銀行で、ちゃっちゃと口座を作りました。

そこで粗品としていただいたのはプラコップとか、ハンドタオルとか、とにかくその頃我が家は経済的に厳しい状態にあったので、どれも大変ありがたくいただきました。プラコップは長らく我が家の洗面台で歯磨き用コップとして利用していました。

そして、粗品の中にクリアファイルがありました。若い男性がちょっと後ろを振り向いたようなポーズのアップ写真。社会人になったばかりの青年が、希望を持って歩き出すイメージなのでしょう。その写真が誰なのかわからないし、興味もないので、私のレシート一時保管用として、ずっと使っていました。

それから大分経ったある日、2枚もらったクリアファイルの1枚を職場に持って行き、何となく隣の同僚に聞いてみました。

「これ、誰?」

興味なさげに同僚は答えました。

「みうらはるま」

「みうらはるま」って聞いたことはあるけれど、どういう人なのかは全然知りません。名前を知ったところで興味がわくわけもなく、「ふーん」と言ってクリアファイルに書類を入れました。

7月18日、「第2回避難応援プロジェクト」が終わって帰りの電車に乗り、スマホでニュースを見たら、「三浦春馬死亡」の記事。「え?死んだの?病気?事故?」と名前で検索して調べると、自死とのこと。まだ30歳でした。

自分の子どもと同じような年の子が自死を選ぶのは本当に切ない。以前、子どもの幼馴染が亡くなったことを書きました。

関係者の方は今頃自責でいっぱいだろうと思います。

私とはクリアファイルだけの繋がりだった人の自死。このファイルはもう11年使っています。特に愛着があるわけでもなく、でも取り換える理由もなく、何となく11年間使い続けたクリアファイルに映っているのは、11年前の三浦春馬さんです。

クリアファイルに映っている男の子のまなざしが、妙に心を塞ぎます。何しろレシート入れなので、ほぼ毎日ご対面してきました。彼の死を知ってから、意味を持ってしまったまなざしにこれからも見つめられるのか。

クリアファイル1枚に、少し重い気持ちを抱えています。