平昌、北京と時差のない冬季オリンピックを過ごしたのですが、今度はしっかり時差のあるオリンピックだったこともあり、開会式は見ていません(開会式がいつなのか、気にもしていなかった)
ソチの時も真夜中でしたが、あの頃はものすごくフィギュアに入れ込んでいたので、ハラハラして見ていられなかったこともあり、録画で「ソチの奇跡」を見ました。
今回はそれほど入れ込んでいるわけではないので、後からゆっくり録画で見ようと思っていましたが、なぜか男子フリーのライブ時間に目をさましてしまったので、ベッドの中でスマホでライブ配信を見ました。
うつらうつらとスマホを見ては起き、また二度寝を繰り返したら6時になったので、この時間からは最終滑走グループだろうからこれはしっかりテレビを見ようと、がっつりテレビの前で陣取りました。
鍵山選手がまさかの転倒で、「きゃーー」とソファーに倒れこみましたが、さらに驚いたのはマニリンの大崩れ。このシーン、どこかで見たことがあると思ったら、北京のワリエワ。
試合が全部終わってから北京の録画を見てみると、ふたりとも最初のジャンプは飛んだけれど、二度目の大技で乱れ、あとは土砂崩れのようにすべてが崩壊してしまいました。
団体で疲れたのではないかとか、氷の状態が良くなかったのではないかなど噂されていますが、私は団体の時の鍵山選手を見た時に、「この子は本当にいい子だなぁ」と思いました。
盟友の佐藤駿選手が団体で自己ベストを出し、それが日本を団体2位に導いたとわかった瞬間、佐藤選手をハグして大泣きに泣いたのです。
後からわかったのは、二人は小さな頃から切磋琢磨して一緒に競技をしていたこと。最初は佐藤選手の方が上位だったけれど、鍵山選手が頭角を現し、佐藤選手は北京五輪の時は肩を脱臼して病室にいたこと。
幼い頃から一緒にリンクに立っていた二人が、団体でチームメイトとなり、一緒にメダルを取った。しかも佐藤選手は今季の最高スコアを出した。
ティッシュを顔に当てて号泣する鍵山選手は、自分が銀を取ったことよりも、ずっと日蔭にいた盟友が大きな仕事をしたことがうれしかったのではないでしょうか。
男子フリーの後、佐藤選手が初めてのオリンピックで銅メダルとわかった時に、大喜びしたのは本人よりもやっぱり鍵山選手でした。
小さなふたりの男の子が、10数年後、オリンピックで一緒にメダルを取る。こんな素敵な奇跡があり、その現場を見せてもらえたことは、私にとって「ソチの真央ちゃん」と同じようにうるうるしてしまいました。
たらればの話にはなりますが、もし佐藤選手がショートも完璧にできていて、鍵山選手も100%の出来だったら、もしかしたら表彰台の1番と2番はこのふたりだったかもしれません。
でも、2番と3番でも、かわいらしい少年たちが大人になって、ふたりでオリンピックでメダルを取るというステキな物語は、「ソチの真央ちゃん」と同様、教科書になってもいいんじゃないかと思います。

