性的DVとは何を指すのであろうか

来年の民法改正により、共同親権が導入されますが、その際、DVがあった場合は必ず単独親権にするというきまりが用意されています。

この夫婦間にDVがあった場合は共同親権は認められません。DVとは身体的、精神的、経済的、性的DVを指しますが、この場合は社会的DVは入っていないそうです。そしてこのDVがあったことを証明する必要はありません。証拠がいりません。

「じゃぁ、言ったもん勝ちじゃないか」と思われるかもしれませんが、おそらく口頭で事情を話し、裁判官が判断するのではないかと思います。

私がちょっと疑問に思っているのは、被害者のお話を聞いていて一番多いのが「夫がやりたいと言うのを疲れているからなどど言って断ると、後でものすごく不機嫌になるので応じざるを得ない。もう、早く終わってくれと祈りながら応じています」という話をたくさん伺っています。

つまり歓迎はしていないけれど拒否もしていない=OKと裁判所が判断する可能性があると思われるのです。裁判所は「訴えがないのは事象がないということ」という考え方をするところなので、この懸念があります。

渋々だけど応じていると言うのはDVになるのか。みなさんのお話を伺ってこの声が一番多いので、ぜひ聞いてみたいです。

大日本国防婦人会のタスキ

NHK朝の連ドラの再放送を楽しみに見ている私ですが、どのドラマも太平洋戦争の場面が登場します。もちろん現在放送中のチョッちゃんにも登場しています。

チョッちゃんの叔父さんが経営する「いずみ」という喫茶店が食料不足により閉店しなければならなくなったので、閉店さよなら会を催したところ、さっそくこの大日本国防婦人会のタスキをかけた割烹着の女性が怒鳴り込んできました。

チョッちゃんの前に放送されていた「カーネーション」でも登場し、「贅沢は敵だ!」と教育しまくっていたのがこの大日本国防婦人会。

この婦人会に目をつけられると、「戦争の非常時に贅沢だ!」「戦地の方々に思え!」と怒鳴りながら説教するのも毎回同じ。

国防婦人会 戦争にのめり込んだ 母親たちの素顔↓

https://x.gd/2bMQj

NHKが放送した「銃後の女性たち〜戦争にのめり込んだ“普通の人々”〜」で大日本国防婦人会が取り上げられました。

この記事の項目タイトルだけ読んでも、なぜ国防婦人会が存在したのかがよくわかります。

〇出番のなかった”女性たちが 国防婦人会に感じた“やりがい”

〇社会で必要とされる喜びを感じた女性たち

〇国策に取り込まれていく女性たちの“やりがい”

〇“産む性”として…戦争に息子を出したら一人前

国が女性たちの「必要とされているという喜び」につけこんで、利用していたのです。子どもが亡くなって喜ぶ親はいません。でも「お国のために亡くなった」「名誉です!」と言わせて子どもが戦地に行くのを嘆かせないようにする。嘆いたら叱咤する。

国策と一致したのが白い割烹着にタスキをかけた大日本国防婦人会でした。

私は「子どもは軍隊で教育してもらおう」とか、「国防には核が効率的」などと言っている政党の女性たちは、この白い割烹着にタスキをかけているように見えます。

大日本国防婦人会の代わりに政党の名前が書いてあるタスキ。

よもや80年前からのタスキをリレーしていたのではあるまいな。

朝顔咲いた!

こちらの続きです。

こちらに書いたばかりだった咲かない朝顔ですが、アップした翌日、花が咲きました!

白い大輪の花で、発見した時はすでにしぼんでいたため、ティッシュが落ちているのかと思ってよく見たら、朝顔の花でした。

苗を買った時は「どうせまた暑さにやられて咲かないんだろうなぁ」と諦めモードで買ったため、花の色などは気にせずに買ったのですが、こうやって咲いてみると、やっぱり朝顔は紫色がよかったなぁとちょっぴり後悔です。

戸建ての家の玄関に並んでいる、たぶんその家の子が学校で育てているのでしょう、青や赤紫の朝顔は花が沢山ついていて、いかにも夏の風物詩です。

この朝顔が暑さで花が咲かなくなったら、もう人間もアウトかもしれない。。

今年のベランダはちょっと違う

昨年はベランダに日よけシートをつけてもほぼ効果なく、全滅に近いほど枯れ果ててしまったベランダの植物ですが、今年も同じシートを張っただけなのですが、去年と違ってまだ植物はがんばってくれています。

#高温に慣れたのかしら??

5月に植えた青じそは枯れてしまったけれど、6月に植えたものは元気に葉を広げ、食卓の一品に味を加えてくれているし、バジルもなかなか負けずに葉を茂らせています。残念なことにローズマリーは枯れてしまいました。安く売っていますが、真夏はかわいそうなので秋になったらまた買います。

暑さに強いし、これなら大丈夫だろうと思って買ったベゴニアはまさかの半月で敗退。代わって買ったニチニチソウは100円台と安価なのに、ピンクの花を絶やさずきれいに咲いています。

ただ、3シーズン目の黄色いキンギョソウはがんばってはいるものの、盛花というわけにはいかず。ただ、毎年こうなので、暑さが和らいできたら、また花を咲かせてくれるのではないかと思います。

困っているのは朝顔。枯れもせずに支柱に絡みついて葉は茂るものの、花がいまだに一輪も咲きません。調べてみたら街灯が明るいと花がつかないのだとか。

外は街灯もコインパーキングも自動販売機の明かりも一晩中ついています。これはダメだわ。その他肥料のやりすぎ、秋口から咲く種類があるなど、花が咲かない理由はいろいろあるみたいです。もう少し待ってみようかな。

株分けして5鉢になった万年青は元気です。また鉢にみっちりとなってきたので、株分けをしなければならないですね。

また枝がスカスカになるんだろうなと期待していなかったゼラニウムは、やっぱり暑さで惨めな花しかつかなかったものの、枝と葉はなんとかもっていて、もう少し気温が下がれば何とか元気になるのではと待っています。

気温が下がるっていつなんでしょうね。今日の天気情報ではなんと11月だそうですよ。。。

あと2カ月以上もこれかい!

「離婚後不安だから共同親権」はアリか

ここに何度も書いてきましたが、モラハラ離婚では共同親権にするメリットはひとつもありません。ただ、養育費がストップする恐れが少なくなるというのだけはメリットだと思います。これも自動的に国が徴収し、子どもに払われる仕組みさえあれば必要ありません。

ただ、モラハラ被害者も含めて離婚はとても勇気のいる決断です。その決断をひとりでして、その後、子どもたちをひとりで育てなければならないというのはとても心細いと思います。

実際はひとりではなく、相談もするでしょうし、人の手を借りることもあるでしょう。ですが、やはり子どもを育てるのは父親がいなくなった後は母親の責任になります。

離婚の時に単独親権にしてひとりで責任を負うという決断ができる人がどれくらいいるだろうかと考えると、離婚時に共同親権を選ぶ人は一定数いると思います。

逆に「全部お前が責任を取れ」と言って、単独親権を押し付ける人もいるかもしれません。

相談員をしていたとき「ああ、どうなってもいいから誰かに決めて欲しい、言った通りにするから」と言った方がいました。

誰かに決めてもらって、その結果が自分にとって良くない場合は決めた人のせいにするというのが通例です(我が母がそう)自分で決めたからには自分で責任をとるのが普通です。

「もう関わりたくないから、お前がひとりで親権を持て」という父親もいるでしょう。

この共同親権の法改正は、人としての生き方、力量を試す試金石になるのかもしれませんね。

夏の夜の安眠術

私はそもそも元から寝つきが悪いのですが、夏は特に寝苦しくて眠れなくなることが多かったものでした。

そこでテレ朝のモーニングショーではよく快眠術を特集していて、これに習って一部取り入れて試してみました。

〇冷房は一晩中つけたままにしておく。

〇布団はタオルケットだけでなく冬の掛布団をかける、ということでしたが、冬の掛布団は分厚い羽毛なのでこれはやめて、薄い羽毛布団にしました。

〇よく言われる「寝る前2時間はスマホなどブルーライトを発生するものはやめる」は守れないので、やっていません。ただ、見ているのはスマホではなくPCです。

〇着るものは長袖と長パンツとのことですが、長袖は鬱陶しいので、半袖Tシャツに100均で買ったアームカバーをつけています。下はユニクロのイージーパンツ。

〇寝る前のお風呂ですが、お風呂はジムで入るので、家では入りません。

とまあ、ほとんど守っていないのですが(特にブルーライト)、寝る前は活字の本を読む、audibleをつけっぱなしにしておくなどで、なんとなく眠れています。

ジムで汗を流すなど、適度な運動をしているので時間になると眠くなります。重要なのは

眠くなったら寝るです。これを「もう少しこの本を読みたい」と引き延ばすと、眠れなくなり、いわゆる「寝そける」という状態になります。

日中運動をする、眠くなったら寝る、一晩中エアコンはつけっぱなし、部屋を寒いくらいにしておいて、布団を被って寝る。これが一番効果があるようです。

シュピルマンの時計とフォーゼンフェルト大尉

我が母はしっかり戦中派の人で、爆撃も体験しています。その彼女が大好きな映画が「戦場のピアニスト」です。父が存命の頃は何度も「ビデオかけて」とせがんでいました(彼女はビデオのかけ方がわからない)。

「あの映画、いいんだよ」と何度も言うので、一応話を合わせるために、アウシュビッツが出てくるユダヤ人迫害の戦争映画だから、たぶん悲惨なんだろうなと思いながら見ていました。

「戦場のピアニスト」はウワディスワフ・シュピルマンという実在のピアニストが書いた原作を元に作られた映画で、彼の親族全員は映画の中で描かれているとおりドイツ軍に殺されます。

一人残ったシュピルマンは廃墟のビルの中で隠れて生きているのですが、ある日ドイツ軍将校のフォーゼンフェルト大尉に見つかってしまいます。

「殺されるか」と思ったその時、将校は「仕事は何をしていたのか」と聞きます。「ピアニストだった」と答えると、ビルの一室にあったピアノを指して、「弾いてみろ」と言います。

シュピルマンは寒さで白い息を吐きながら、ショパンの「バラード1番」を引きます(羽生弓弦君を思い出すわ)

その曲を聞いた将校は彼を連行することなく匿い、食べ物を運び、ドイツ軍が撤退するときには彼のオーバーコートを与えていきます。相当前に見た映画なのですが、このシーンは何度見ても胸をうちます。

このドイツ軍将校はドイツが敗れた後、ソ連の捕虜になり、収容所で死亡したことがわかっています。

この映画だけではわからないのですが、この将校、フォーゼンフェルト大尉はシュピルマンに敬語で話をしていたのに字幕で誤訳しており、「お前」という上からの言葉を使われてしまったそうです。

このことはシュピルマンの息子さんであるクリストファー W.Aスピルマンさんが書かれた「シュピルマンの時計」という本に書かれています。スピルマンさんは現在日本に住み、大変日本語が堪能で、この本も翻訳ではなく日本語で書かれています。

この本の中で「この誤訳のためにフォーゼンフェルト大尉の人間性が誤解されてしまった」と書いています。

そしてフォーゼンフェルト大尉は気まぐれでユダヤ人であるシュピルマンを助けたわけではなく、他にも大勢のユダヤ人を助けていたと書かれています。

映画ではその後のフォーゼンフェルト大尉についてラストの字幕で「収容所で亡くなった」としかありませんが、戦後、ドイツからシュピルマンが働いているポーランドのラジオ局にフォーゼンフェルト大尉の妻から「収容所にいる夫を助けて欲しい」という手紙があり、初めて自分を助けてくれたのはフォーゼンフェルト大尉という名前だということを知ります。

戦時中、ふたりはお互いの名前を知ってしまうと、捕まった時に言ってしまうかもしれない恐れから、名乗らずにいたそうなのです

シュピルマンはフォーゼンフェルト大尉を助けようと奔走しますが、ソ連の収容所だったため、叶わぬままとなりました。

スターリンが死亡した後、ポーランド人も国外に行くことができるようになり、シュピルマンは真っ先にフォーゼンフェルト大尉の家に行きますが、すでに亡くなっていることを聞かされます。

シュピルマン家とフォーゼンフェルト家はその後も親交を持ち、「戦場のピアニスト」がポーランドで試写会をした時にはご子息が出席されたそうです。

あの廃墟で「バラード1番」を弾く場面に佇むフォーゼンフェルト大尉(お父様)を、ご子息はどのような気持ちで見つめたのでしょうか。

「シュピルマンの時計」には、父であるウワディスワフ・シュピルマンの家庭での姿などが書かれています。

さて、出演時間は短いものの、強烈な印象を残したフォーゼンフェルト大尉役のトーマス・クレッチマンを、私は思わぬところで再見しました。韓国映画の「タクシー運転手 約束は海を越えて」で、ドイツ人のジャーナリストを演じておられました。

きっとこのタクシー運転手の監督さんはこの「戦場のピアニスト」を見て、ぜひ彼に出演を!と思ったんだろうなぁ。

母のお気に入りの映画からまた話が広がり、思わぬ展開になったことを戦後80年の今日、書いておきたいと思いました。

いつの間にかが怖い2

こちらの続きです。

先日友人数人とマイナンバーについて話をしていたら、「そういえばマイナンバーって最初は持ち歩かず、家に置いておきましょうって言ってなかった?」と言ったのは友人A。

「落としたりすると危ないから、家に置いておいた方がいいという話だったよね」

全員が「うんうん」

「それがいつの間にか保険証と一緒になり、次は車の免許証と一緒になるんでしょ?これはもう常時携帯態勢だよね。最初の話と違うじゃない」

すると友人B「常時携帯の国もあるよ。持っていないと罰せられるのかも。ATMを使う時は最初にID番号を入れないとお金も引き出せないようになっているんだよ。マネロン対策って言ってるけど、本当は国民の懐具合を押さえておきたいんだと思う」

マイナンバーカードの利点について政府は一生懸命説明しますが、こうやって超監視社会に引っ張られていくのが薄々とではなく、アリアリと感じられるようになっていっています。

それも最初はぬるかったのに、段々熱くなって湯だって死ぬカエルのように、知らないうちに自分の身体から財産から交友関係から何もかも国が把握していることになるのでしょう。

それも、いつも間にか。

海を守る36人の天使

昭和のマンガについて書いていますが、今もネットで読める私が好きだったマンガがあります。

「海を守る36人の天使」

これは臨海学校に行った小学生が突然起きた大波にのまれ、多くの子どもが犠牲になった事件を元にして書かれたマンガです。1967年8月~9月にかけて短期連載されました。

引率していた男性教諭が罪に問われ、裁判を重ねて無罪になるまでが描かれています。友だちや子どもを亡くした人たちの思い、教え子を救えなかった先生の葛藤などが描かれていて、小学生だった私に大きな感動と、裁判の厳しさを教えてくれたマンガです。

このマンガは作者のHPで無料公開されています。

http://okworld.sakura.ne.jp/title/book28/index.html#comic

このマンガは1955年7月28日に起きた「三重県中河原水難事故」が元になっているものですが、この海難事故は一度に多数の女子中学生が死亡した事件というだけでなく、亡くなった生徒たちは「防空頭巾の女達から海中にひきずりこまれた」という話が広まり、怪奇として世に広まることになりました。

亡くなったことよりも亡霊伝説として人の口にのぼることになったそうなのですが、実は亡霊云々の話はなかったということが21世紀になってわかりました。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/nakagawara_jp_62e0d119e4b03dbb991eb7d6

雑誌記者がこの事故についてインタビューを受けた方の話を脚色し、こういう怪奇体験の話を作ってしまったのが真相だそうです。

子どもの頃、「お盆に海に入ると霊が足を引っ張る」とよく大人たちが言っていましたが、もしかしたらこの話から世間に広まったのかもしれませんね。

この事故については「死の海」(後藤 宏行著)として6年前に出版されています。なんだか幼いころに読んだマンガがこのような大きな広がりを見せるとは思ってもみませんでした。

ちばてつやの世界

こちらを訪問してから昔のマンガに目覚めた私。特に読みたかったのは実はちばてつやの作品でした。

「島っこ」「ありんこの歌」「みそっかす」「テレビ天使」など、懐かしい思い出の作品がたくさんあります。

ちょうどアマゾンのプライムセールと重なって、期間限定1冊165円というお値段で買うことができたので、さっそくポチポチしました。

#7月14日までの期間限定価格とあったので、焦ってみんなポチしたら、今も1冊165円

「島っこ」は離島に温泉を探しに来た大学教授の父と一緒に移住した小学4年生ミチが主人公。

「ありんこの歌」は炭鉱の教師として赴任した城大介と子どもたちのストーリーです。

東京から慣れない離島にやってきたミチの家族に襲う不幸の連続の後、なかなか出なかった温泉が見つかるまでのストーリーはマンガとは思えないほど現実的ですし、「ありんこの歌」では落盤事故で親や兄弟を亡くす子どもたちの生活など、今読んでもとても引き込まれます。

他の少女マンガが某国の王子様が東京で記憶喪失になるとか、孤児の少女が大スターと結婚するとか、子どもが読んでも「ないだろー」というストーリー展開が多かった少女マンガ界で、ちばてつやは社会派のマンガを連載していました。

この作品を描くまでにどれくらい取材を重ねたのか。おそらくその現場に行き、現地の方から話を聞き、資料を読み漁り、現実に忠実に書かれていたのだと思います。

私は絵はまったくわかりませんが、ちばてつやは2,30人の集団を書く(モブと言うそう)時も全員の顔もポーズも着ている物も全部違います。全部ご本人が書いていたわけではないと思います。(スタジオにはアシスタントさんが大勢いたようです)

俯瞰や広角のシーンにはそれこそ何十人と言うモブが見開き2ページに書かれてあったりします。

ちばてつやは少女・少年マンガ雑誌に連載を続けた後、少女マンガ雑誌から遠のき、少年マンガ雑誌だけの連載になり、あの「あしたのジョー」などの作品を手掛けます。

マンガ界では少女マンガは少年マンガより一段劣るとされ、原稿料も安かったのだそうです。楳図かずおなどの作家は、少女マンガを踏み台にして少年マンガに移っていきます。

昭和30年代にこのような社会的なマンガを執筆したちばてつや。もしまたご覧になったことのない方にはぜひ一読をお勧めします。