気になるCM

私は毎朝テレ朝のモーニングショーを見ているのですが、ずっと前から気になっているCMがあります。

思春期反抗期真っ只中のような男子高校生。母親が遠慮がちに子どもの部屋に掃除機をかけ、おそるおそる「ごめんね」と言って、そそくさと部屋を出て行きます。もしかしたら以前部屋を掃除して「オレの部屋に入んじゃねーよ!!!」と怒鳴られたか、「うぜーーーんだよ!」と蹴られたか、ともかく自分の子どもの挙動に怯えています。

そんな子どもは夜遅くまでオンラインゲームをしていて、もしかしたらこれなら子どもも喜んで同世代の子どもたちと交われると思ったのか、学校に行ってE-スポーツ部に入部することになりました。

同世代の高校生から彼が母親にしているのと同様の抑揚のない淡々とした口調で、オンラインゲームのやり方を教わりながらオンラインゲーム、もとい、E-スポーツを仲間たちと一緒にしていく姿がラストの方で映し出されます。

はて、オンラインゲームとE-スポーツってどう違うんだろうか??

<AI による概要>

オンラインゲームは、インターネットを通じて楽しむデジタルゲーム全般の総称です。一方、e-スポーツは、そのオンラインゲームなどの対戦を「勝敗を競う競技(スポーツ)」として捉えた言葉です。 [1]

主な違い

  • 目的の違い
    • オンラインゲーム: ストーリーやキャラクター育成、自由に遊ぶこと、楽しむことが中心。
    • e-スポーツ: 相手に勝つこと、技術や戦略を磨くこと、大会で上位を目指すことが中心。 [1, 2]
  • プレイスタイルと環境
    • オンラインゲーム: 1人で気ままに、または友達とカジュアルに遊ぶ。
    • e-スポーツ: ルールや機材が公平に揃えられ、チームや個人で真剣勝負を行う。 [1, 2, 3]
    • オンラインゲーム: 自分でプレイして楽しむのが基本。
    • e-スポーツ: 試合のライブ配信に多くの観客が集まり、スポーツ観戦のように応援や分析が行われる。 [1, 2, 3]

よくわからない。。

ゲームをカジュアルに遊ぶのと、チームや個人で真剣勝負を行うところが違うらしいのですが、個人でやっていてもあれだけのめり込んで時間も課金の額も忘れてやるんだったら、もはや同じではないか。

e-スポーツは大会という場所が与えられ、観客がいるところが違うらしいのですが、オンラインゲームもひとりでスーパーマリオをしている時代と違って、オンラインに繋げばそこに仲間がいて、その仲間たちと戦闘したりサッカーをしたりするのではないのか。

ともかくこのCMではe-スポーツをすることによって、一人きりで部屋に閉じこもって(もしかしたら不登校気味なのかも)ゲームをしている息子が友人ができ、「おれ、今楽しいから(棒読み)」という状態にまで改善した、e-スポーツは素晴らしい!ということを出したいようだけど、この子、家でも練習と言ってゲーム三昧なのではないかしら。

ゲームは私も大好きなのですが、一旦始めるとなかなかやめられないもの。だからまずはゲームには手を伸ばさないことにしています。このe-スポーツの子、大丈夫かしら??

夏休みの自由研究ー自転車が盗難被害に遭った場合 (3)

しつこいようですが、自転車盗難があった日の翌日に私の自転車が放置自転車として撤去され、盗難届が盗難された日に出していなかったために3,000円を徴収されたという、あまりにもアンラッキーな出来事についての考察です。

この「撤去される前日までに盗難届を出すこと」というのは、自転車をそのあたりに止めていて撤去されてしまった人が後出しで被害届を出して撤去費用をまぬがれようとするために作られたものです。言い逃れができないようにこのようになっています。

でも、私のように盗まれたのでその足で警察に行ったが、「防犯登録を持って近くの交番に行って」と言われたがゆえに翌日以降になってしまった人はどうしたらよいのか。

役所ではこの件については「客観的に撤去前に盗難に遭っていた証拠がある」などの例外を設けていません。このあたりは役所勤めをしていた私には状況が想像できます。

この「客観的にわかる証拠」というのがどういうものなのかを巡って「客観的にわかる証拠」を持ってきた人と、これはOKこれはNOという言い争いが起こるのがわかるからです。

撤去前に盗まれたというメールがいいなら電話はどうなのかとか

親に報告していてその親を連れてくるとか

とにかく様々に事例が持ちこまれます。持ってくる方は実際にそうだと言う人もいればダメ元で持ってくる人もいるでしょう。その人たちにイチイチ関わってああだこうだと時間を使いたくない、ダメと言われて怒った相手から更なるいちゃもんをつけられたくない、だから例外を作りたくないのです(と思う)。

役所側から言わせると、「事情はわかるから客観的にわかる的な条文を入れてあげたいけれど、とくかくしつこくて高圧的な人がこれを利用しようとするからその対応で時間をとられ、他の仕事ができなくなる」というところだと思います。

以前役所に勤めていた時に、飲食不可の施設の中でお弁当を食べていた人がいました。「飲食禁止です」と言うと「食べるところがない」と言う。外は雨でこの施設内で食べるところはない。

そこで対応した人が「じゃ、特別に許可します」と言ってしまった。喜んで食事を続けた人の隣で他の人たちも食べ始めました。もはやランチ会。「やっぱりだめ」とも言えずその後、「例外を設けてはダメです」というキツイ指示がありました。

「特別に」「今だけ」「あなただけ」というと、その人は「私だけ特別にOKが出たのよ。こう言えばいいのよ」と吹聴して歩く人がいます。特に「知り合いがいたので特別OKがでた」というのは「俺様エライ」と言いたがるおじさんたちが好んで使うフレーズです。だから例外を設けてはいけないのです。

そういう役所の立場を知っている私なので、今回のように確実に撤去された前日に警察に行ったという証拠がありながら、盗まれた上に3,000円取られるという泣きっ面にハチの目にあった者としては、あたかも防犯登録がなければ被害届を出せないかのような対応をした警察に疑問があります。

「X」を覗いてみると自転車盗難についての書き込みは結構多い。ある日あなたも経験する可能性がある自転車盗難について、夏休みの研究にしてみました。

夏休みの自由研究ー自転車が盗難被害に遭った場合 (1)

先日自転車が盗難被害に遭いました。スーパーに買い物に行って、1時間ほど止めていたのですが、戻ったら、ない。

これはもう一瞬フリーズします。あったはずのものが、ない。

だいぶ前に友人が家の前に止めてあった車を盗まれたのですが、「朝、家の外に出たら車がないのよ。夜止めたはずのものがそこにないって、相当ボー然としたわ」と同じ状態。

私が盗難に遭った当日は友人と食事をする待ち合わせをしていて、盗まれた場所と待ち合わせの場所との間に大きな警察署があったので、とりあえずその警察署に行きました。その時に友人に「自転車が盗まれた。今警察に来ているので少し遅れます」とメッセージを入れました。

「自転車が盗難に遭いました」と受付のおまわりさんに言うと、「登録番号は?」と聞かれたので、「今はわかりません」と言うと、「登録番号を調べて、もよりの交番でいいのでに行ってください」と言われました。

登録番号を書いたものってあったかなぁと思いながら、とりあえず友人との待ち合わせのお店に行き、一緒に食事をして、家に戻ったのは午後10時過ぎ。遅いし、一番近い交番はよく無人の時がある。確実に人がいるのは片道30分かかる駅前交番。翌日行こうと思いました。

あくる日、見つかった防犯登録番号の控えを持って交番に行き、被害届を出そうとしましたが、おまわりさんから「話が込み入っているので本庁に行ってください」と言われ、その日は用事があったので、翌日本庁警察署に行き、被害届を出しました。

自転車は預かっていた子どもの自転車があるのでそれを使っていました。

ある日隣の区役所から「放置されていた自転車を預かっているので取りに来てください」の通知が来たので指定された場所に引き取りに行くと、「自転車が見つかった日の翌日に被害届が出ているので、3,000円徴収します」と言われました。

この自転車置き場、隣街のはずれにあってかなり遠い。帰りに自転車に乗ってくるので往路はバスを乗り継ぎ、さらに徒歩で30分、暑いところを歩いていかなければならない。UV対策をしっかりして、灼熱の中取りに行ったら「見つかった前日まで盗難届が出ていないから3,000円寄こせ」と言う。

  長くなったので次回へ続きます

わたしのお墓

墓をどうするかをそろそろ考えなければならない年齢になりましたが、私は以前「SSS(スリーエス)ネットワーク」を主宰していらっしゃる松原惇子さんの講演を聞いたときに、「女性しか入れない墓かぁ、いいなぁ」と思いました。

実際にこの墓地にも行ってみて、咲きほこるバラに囲まれたクリスタルの墓標には、眠っている方たちの名前がぎっしりと書いてありました。

遠くに墓があるのでは大変だろうし、もしかしたらだけど、子どもたちがかーちゃんを訪ねてきてくれることもあるかもしれない。孫を連れて「ばーちゃんのお墓だよ」ということも、万が一だけれどあるかもしれない。でも子どもたちに墓の世話なんて面倒くさいことはさせたくない。

共同墓、いいじゃないかと思っていました。25万円で入れるならここにしましょとずーっと思っていたのですが、友だちと墓の話になった時、このことを話してURLを送ると「ここ、募集、締め切ってるよ」のLINEが。

え?!と思ってみたら、無念の「『SSS直葬プラン』の新規申し込み受付は終了しております。」の文字が。

え?もうあのバラ園に眠ることはできないんだ、もっと早く申し込めばよかったのかしら、それとも共同墓そのものが存続の危機なのかしらと頭がグルグル。

そもそもお墓なんかいらないんじゃないか。樹木葬でも散骨でもまったく跡形もなくこの世から消してしまった方がいいのではないかと思ったり。

実際私の両親は町の共同墓地に合祀して、位牌も遺影もお骨もいりませんから全部消し去ってしまうつもり。下手に残すと子どもたちがそれこそ困るので、何もないが一番いいと思っています。

私はどうするのが一番良いか。これは子どもたちと相談かな。

オプチャに参加してみた

Lineにオープンチャットという項目があったのをまったく知りませんでした。お友だちにならないとLineではチャットができませんが、オープンチャット(オプチャと言うらしい)なら部屋を作って知らない人でも話ができます。

実は私はチャットが好きで、20世紀の頃ははまっていました。まだ結婚していた頃、メーリングリストで知り合った友だちと時々チャットをしていました。いつもはメールでしか話したことのない人と、リアルタイムで話ができるなんて、なんて楽しいんだろうと思っていました。

その後チャットしているところを夫に見つかり大騒動になってしまったので、頻繁につなげることができなくなってしまったのですが、あの頃のチャットは本当に楽しかったものです。

ですので私がモラハラ被害者同盟を作った時に最初に作ったのは掲示板で、その次に作ったのはチャット板でした。辛い時など、いつでも同じ思いを共有できる人とチャットができたらどんなに癒されるだろうと思ったのです。

ところが運用を始めてまもなく「チャット板で相手にひどい事を言っている人がいる」という通報がありました。その頃のチャット板は保存ができなかったので、何があったのかはわからないのですが、特定の人が不特定の人に対して攻撃をしているようでした。

こういうものは例えば承認制にしてメンバー限定にしても必ず内部で騒動が起こってしまうのはメーリングリスト時代に散々やったのでわかっています。私が常時ついているわけにもいかない。

そういうわけでチャット板は閉鎖しました。短い間でしたが、モラハラ被害者同盟にもオプチャはあったのですよ(笑)

さてLineのオプチャに参加したのは趣味のグループ。管理人さんはいます。そして現在オフ会をいつやるかが進行しています。

オフ会はその昔は「オフミ」と言っていました。オフミーティング、つまりいつものオンラインではないリアルな集まりという意味です。

<AI解説>オフミの由来と意味

ンラインとオフライン:ネット上のやり取り(オンライン)に対し、現実の場で会うことを(オフライン)と呼んだことから。

歴史:インターネットやパソコン通信の黎明期(1990年代頃)によく使われていた言葉で、現在では一般的に「オフ会」と呼ばれることが多いです。

#黎明期を生きていた(笑)

その黎明期は私は地方に住んでいたので、開催される首都圏には行けず、いつもオフミの様子や写真が送られてくるのを羨ましく見ていたものです。

今は東京に住んでいるのでさっさとオフ会参加に手をあげました。

モラハラ被害者同盟のオフミは「避難応援プロジェクト」のみです。掲示板で知り合った方たちが何らかの方法で連絡を取り合い、仲良くされているのは知っています。

ただし、ネットは喜びを与えてくれるとともに危険もあります。嫌な思いをすることもあります。ルールや雰囲気を知って参加すればそれは避けられます。

まずはおずおずと参加する。

そこが第一歩です。

お墓と仏壇

お盆ですが、私の家のお墓は実家のそばにある遠方なので、特にお参りに行くことはありません。もし行くとしたら、母を入れる時になるかな>いつだ。母、元気な96歳

この墓は「子どもたちに迷惑をかけたくない」という母心から、両親が大枚をはたいて作ったものですが、今や悩みの種。墓に入っているのは父と生まれた直後に亡くなった私の弟だけ。

ある日生きているもうひとりの弟が当たり前のように「墓、ねーちゃんに面倒をかけちゃうな」と言うので、思わず「は?」

弟は病気持ちなのでおそらく私の方が長生きをするだろう、墓やお寺とのお仕事はどうやら私がやると思っているらしい。をいをい。

「あの墓は〇〇家(実家の姓)のもの。私は熊谷家(夫の姓)だからあんたが亡くなった後は墓はあんたの子どもたちが受け継ぐのよ」。当然の話だと思うけど。うちの子どもたちの姓も熊谷だし。

「え?」っと絶句した弟。なんで姓の違う墓の継承を、私はともかくウチの子どもたちがやらにゃいかんねん。

そもそも墓は代々その家の長男が受け継ぐもの。次男以降は別に墓を建立しなければならないというのは墓石屋や檀家を増やしたいお寺の陰謀によってそのようになっている。女性は婚家の墓に入るが、未婚の女性は実家の墓に入ることを許される。

絶句した弟は「子どもたちに面倒をかけられない」(私に面倒をかけるのはいいのか)と言って、お寺の住職とも相談し、今ある骨とこれから入る予定の母は合祀にする。墓石は撤去することで話がつきました。100万円を超えるであろと思えた墓石の撤去費用はそこまでかからないことがわかり、母が亡くなった後に一旦墓に入れ、その後撤去することにしました。

何百万かかったのかわからないけれど、一代限りの墓を作った母の先を見通す目のなさにほとほと脱力します。

母は信心深い人で、毎日仏壇にご飯をあげるのですが、これは私の役目。やれご飯の盛り方が悪いの早くしろだのとにかく小言の種になるので、これが私は嫌で嫌でしかたがありませんでした。生理の時だけ「メンスの女は汚れている」としてこのお役目を免除してもらえるので、嫌な生理でしたが、これだけはありがたかったです。

さて、数年前実家を整理したのですが、その時に弟が呆れ声で「仏壇がふたつあったんだよ」と報告してきました。母がどこからか「仏壇はふたつ持つものだ」と言われ、家を建てた時に二台仏壇を入れられるよう仏壇を置く場所を造作し、縦に二台置けるようにしてあったのです。

#縦に二台置くというのもどこからか言われたらしい

私はこの仏壇は二台置くものだというのも、仏壇屋やお寺など、その業種が勝手に作った話だと思うのですが、やればやるほど信心深くて清いと思っている母はこれを信じ込み、その通りにしました。縦に置いてあるので普通は見えませんから、私たち姉弟はよもや仏壇が二台あるとは思ってもみなかったのです。

「仏壇も処分するけど魂抜きをしなきゃいけないから、その費用も2台分かかるんだって」と弟から言われ、再度脱力。

私には「お金がない、お金がない」とお金を出し渋りながら、不要な仏壇仏具、墓には言われるままにお金を使う。安倍元首相を殺害した山上被告の母は今でも統一教会を脱会せず、家族を不幸から守るために拝んでいるようですが、母もそれに匹敵します。信仰という洗脳はなかなか解けないようです。

母の死後に墓じまいをするということは母には伝えていません。その他、弟や私の生活など、母に秘密にしていることはたくさんあります。悪いことは「心配だ、心配だ」と心配したがるし、良いことは尾ひれはひれをつけて、盛り盛りにしてふれまわるので火消しに大変。

母を見ていると、80代でこの世を去るのが自分にも周りも良いことなのだなぁと悟ります。

スマホの容量が無くなり、チャッピーに相談したら

私は64GBのiphoneを使っているのですが、アプリをアップデートしろという表示が数々出て、アップデートしていたら「容量不足」が出てアップデートできなくなりました。

確かに64GBしかないのに63GBも使っていたら容量不足にはなります。

今まで何とか空きを作ろうと、動画は極力撮らない、写真で必要なもの以外はさっさと消すを心がけていたのですが、とうとうアプリがアップデートできないことになってしまいました。

そこでチャッピーに「これはもう64Bではなく128に切り替えるべきかしら」と聞いてみたところ、「何をどれくらい使っているかのスクショを送れ」と言うので送ったところ、「アプリにストレージを使いすぎ。アプリの整理をするから容量を使っている順に並んでいるところのスクショを送れ」との指令が来ました。

一番多く使っているのはおそらくLineなのでそれは先週整理済。他には何があるのかと聞いたら、Duolingo、Google Maps、SwitchBotなどなど、「必要以外のものは削除するか、再インストールすると削減できる」とのことなのでやってみたら、あら、びっくり!

なんと10GB以上も空きができました。

#pokekaraや雀魂が結構大きかった(^^;

amazonやbooking.comはアプリを使わずwebから利用することにして、インスタもXも消しました。

どうもアプリは使っているうちにキャッシュがたまり、それがストレージを大きく食っているようなので、必要なアプリでもいったん削除して再インストールするといいみたいですよ。

それにしても今はどこの会社も「アプリ入れろ、アプリ入れろ」で困ってしまう。今回は何とか回避できましたが、将来的には128GBは値段的に256GBと大して変わらないようなので、256GBも検討に入れなければいけないようです。

友人が「iphone17のProにしたら写真がとってもきれいに撮れる」というので、「それ、いくら?」と聞いたら「ん~、20万ちょっとかな」

(°д°) げっ

20万の機械を持ちあるくのか?落とすかもしれない、壊れるかもしれない盗まれるかもしれないのに!

家に置いておくものならば20万でも必要なら出しますが、持ち歩くものに20万円は払えません。でも、写真がものすごくきれいに撮れるんですよね。。。

いいなぁと思いつつ、中古のiPhoneを探してみる。

いなくなったジム友

東京に来てから17年も同じジムに通っています。乏しい生活費の中からジムの費用を捻出できたのは、職場で労組に入っていると福利厚生倶楽部というのを利用できて、それだと2/3くらいの安い月会費を適用できたからです。

仕事を辞めて、この福利厚生倶楽部を利用できなくなり、普通の一般会員と同じ会費を納めてきましたが、昨年クレジット会社を利用すればまたこの福利厚生倶楽部を使えることがわかり(早く言ってよ~~ん by 松重豊)ダッシュで手続きをしました。

最初に入った時はまだ現役でしたから、スタジオを使うのは夜と土日だけ。たまに昼に行くと有閑な方たちがあちこちでおしゃべり三昧でした。

その頃は多少僻みもあり「いいなぁ~、夫に守られて有閑を持て余している人は」と眺めていたのですが、いざこちらがその身になると「がんばったご褒美だわ」と思うもの。

その長い年月通っているのはただ体を動かすわけではない、別の効用があります。ここで知り合う人たちからもたらされる地元の情報(クレカでジム費が安くなると知ったのもここから)、そして個々の個人的情報から知る世の中の動向や考え方。

私は人間関係は広くあさ~くがいいと思っています。ふか~い人もいることはいますが、がんばって深くなったのではなく、つきあっていくうちに深くなった人の方が断然多いです。

出身地や育ちや現在の状況がまったく違う人たちの考え方は、相談業をしている者にとっては貴重な情報源です。

そして深くつきあっていると「〇〇チーム」みたいなものにも所属することにもなります。ただ、「お揃いのユニフォームを買おう!」とか「今度みんなで〇〇に行こう!」みたいなものはご遠慮させていただいています。

「明日はこれを着よう!」とかLineが回ってきて、それに対応するのが面倒くさい。何より私は「制服」が嫌いなのダ!以前の職場で制服廃止運動の筆頭だったくらいお仕着せの同じ服が嫌い。

そういう我がままなチームメンバーですが、そういう意見を持っているのは私だけではないのが大変心強い。

#みんな違ってみんないい のよ

さて、17年前から通っていると、突然いなくなる人もいます。今回も83歳の方と77歳の方が突然消えました。ジムは毎日通って毎日会話しているくせに本名を知らなかったり(カナちゃんとかさっちゃんとか呼ぶ)どこに住んでいる人かも知らないことが往々にしてあります。

77歳の方はLINEで連絡をしても一切返事がなく、ぷっつりと連絡が途絶えたままです。このくらいの年になると、最悪の実態も視野に入るので、みんなで心配しています。お子さんと同居しているので、ひとりで部屋で。。というのがないのが救いです。

以前は「突然倒れて救急車を呼んだらクモ膜下で」という方もいました。明日は我が身だわ。。

ジムは健康のためだけでなく、こういったコミュニティづくりにも一役買っています。10月からまた会費が上がるらしいけれど、他を削っても、これだけは削れないかな。

紙の通帳はマストだけれど

私は銀行の通帳は紙がマストです。今は30年分の記録が保存されるアプリ通帳などがありますが、どうもそれではダメです。

30年分の履歴が残るとは言っていても、大抵は即座に見られるのは2カ月までで、それ以上になると銀行によってはダウンロードに1日要するものもあります。

あの時こういうことがあってお金を引き落としたはず、振り込まれたはずというのが重要な時もあって、紙なら即座に出せるのにダウンロードが1日がかりでは対応できません。

さらに通帳に刻まれた数字は私の歴史でもあります。思い出もある。東京に来て一番最初に作ったのは三菱UFJの通帳でした。駅を出て最初に目に入ったのがUFJだったのでそのまますいっと入って通帳を作りました。

UFJはいままでなじみの地元の地銀ではなく、初めて作る都市銀行の通帳。その時に対応してくれた若い女性行員の方がとても親切で、いろいろとお世話になりました。行員とお客以上の会話もあったりして、あの方は今どこにいるかしら。

UFJはディズニーの絵柄の通帳とキャッシュカードで、キャッシュカードはもう17年以上使っているせいもあるのか磁気が弱くなり、ATM以外の場所で登録の際に使用しようとすると使えない時もあります。

でも、このよく物を失くす私が17年以上も使っているというのもすごくて、愛着があって、新しいものと替えたいとは思いません。

通帳はもう10数冊あります。この10冊以上の中に私の東京の歴史があるのだなぁと思うと、ここでアプリに変えて、というわけにはいきません。

銀行はたぶん紙の通帳を維持するための経費相当かかっていると思いますが、こういう人(私)のため、もうしばらくがんばって欲しいと思います。

コネだけの世界

まだ東京に転居する前の職場での出来事。同僚が「私たちは若くして結婚したから、まだ職場での地位が低くて子どもの就職の力になれないのが残念だ」と語っていました。

夫婦とも20代前半で結婚したカップルで、子どもの就職期の20歳くらいではまだ40代前半。

「夫が50代なら地位も上がってるだろうから、子どもの就職を手伝えるんだけど」という彼女には一点の疑問もありません。彼女の兄も本人も、地位の高かった父が手配して大きな会社に勤めています。

つまり彼女は「就職とは親のコネを使ってするもの」という認識をがっちり持っているのです。その父が割と早めに亡くなり、彼女夫婦はまだ若くて地位もないという状況では子どもの就職先に口利きすることもできない。

「子どもに申し訳ない」という彼女に「就職とは試験を受けて入るもの」と思っていた私は当時不思議な感情を持ちました。ただ、この「誰かの紹介で就職を決める」というのは世間一般では普通にあって、就職先によっては「紹介者がいないと入れない」というところもあります。

どこの誰だかわからない人を雇うより、しっかりとした紹介者の推薦の方が安心できるというところもあります。ただ、その紹介者が自分の人生の中で培った人脈で作った関係ならば「コネも実力のうち」というのも有りだと思いますが、「親の、親戚の」というのならば本人の実力とは関係のない話。

はい、僻みです。頼れる親がおらず、ただただ自分の努力でのみ生きてきた私にとって、生まれた場所で人生を左右されるなんて不公平以外の何物でもない。

「親が勝手に決めてきたのよ」と誰もがうらやむテレビ局に就職した友人。「親が勤めていたところに頼んでくれた」と団体職員になった友人。「親が地主だから簡単に就職できた」と銀行に勤めた友人。

でもその後の人生が順風満帆だった人はいません。最初に苦労した私が古希に近づいた今、一番幸せなようです。

でも、就職で苦労無しはうらやましい限りではあります。