暇つぶしの家計簿づくり

図書館にリクエストした原田ひ香の本が手元に来たので早速読んでみました。

「母親からの小包はなぜこんなにダサいのか」

こちらも「月収」と同じように母からの小包を受け取る様々な境遇の女性たちのオムニバスでした。母からの小包というのは愛情いっぱい詰め込んだもので、そういえば私も何回かもらったことがあります。

ありがたい食料もあれば、絶対に履かないアクリルソックスもあるといった、母がとりあえず思いつくままに詰めましたというのがどこの母親も送る小包のようです。まぁ、愛情はあったと思います。ただ、その後「やってやった、送ってやった」の恩着せがましい言葉がいつまでも何年も続くので、それを聞くくらいなら送らないでくれと思います。

この中のひとつの話「ママはキャリアウーマン」の中で「は?」というエピソードがありました。

結婚したばかりの莉奈は夫の転勤で北海道に行くことになり、仕事を辞めてついていきます。莉奈は夫のために家をきれいにし、手の込んだ料理を作るのが大好き。

ここに書いた友人のままのよう人です。そして私が「は?」と思ったのは莉奈の生活ルーティーンです。莉奈は毎日スーパーに買い物に行きますが、その理由の一つは「一日の時間を持て余してしまうから」。

よく「専業主婦だって大変なのよ!」というのを聞きますが、子どもも介護する人もいない専業主婦はやはり時間が余るんですね。

そして莉奈は買い物が終るとウィンドゥショッピングをして家に帰り、大学ノートに自作の家計簿をつけます。そこには買った物のレシートを書き写し、5色のペンを使って見た目もきれいなカラフルな家計簿にします。

”こうして細かくきれいにノートを埋めていくのが一番楽しいかもしれない、ぎっしりと数字や文字の並んだノートをパラパラとめくるのが快感だった”

ここで私は呆れかえる。

無駄でしょ!なんでレシートを書き写さないといけないのか意味不明。今どきレシートを書き写さなくても、写メして作れる家計簿アプリもある。「豚肉458円、玉ねぎ248円、じゃがいも282円、イチゴポッキー158円」とか書いていくんだろうか。本当に暇すぎる。

いいじゃないか人の趣味にあれこれいうものじゃないと言われるかもしれませんが、3号被保険者は自分で年金を収めなくても65歳になれば年金をもらえます。原資は無関係の勤労者です。自分の夫が妻の分の年金を収めていると勘違いしている人が大勢いますが、社会の制度で専業主婦に年金を与えているのです。

夫に元気で働いてもらい、社会保険料をきちんと納めてもらうために専業主婦はがんばっているのだと言うのかもしれませんが、フルタイムで働いて税金も社会保険料も収め、家事育児もやっている人たちもいるんですけど。だったら年金、2倍欲しい。

さて、莉奈の母は離婚後苦労して働き、独立して会社を作った働くのは当然の人。莉奈が楽しくおうち暮らしをしているのを見ているのがなんとも歯がゆく、何かにつけ「働いたら?」と連絡してくる。そんな母が鬱陶しい。

「私はおうちにいるのが好きなの。おうちをきれいにして、夫のために美味しい料理を作るのが好きなの」

物語はなんやかんやあり、結局母が莉奈の生き方を認めるようなラストで終わります。確かに人の生き方につべこべは言いたくありませんが、このところ夫が仕事のストレスでうつ病になり、仕事もできなくなって結局は離婚、というケースを相次いで見ているので、莉奈はそういう時にどうするのかなと思います。大好きだった夫が金を稼げなくなったら離婚するのかしら。5色のペンで暇つぶしの家計簿なんか作っていられないと思いますけど。

コーヒーゼリーとコーラフロート

私は紅茶派なので、家でコーヒーを飲むことはほとんどないのですが、たま~に「すっごくコーヒーが飲みたく」なるので、個包装のインスタントコーヒーを買っています。

暑くなると欲しくなるのがゼリーで、先日コーヒーゼリーを作りました。250CCのお湯に溶かしたコーヒーにゼリーの粉をそのまま入れ、グルグルスプーンでかき混ぜて、常温になったら冷蔵庫へ。

簡単にできるコーヒーゼリーですが、できればトッピングに生クリームを乗せたい。でも、生クリーム一箱を買っても私一人ではもったいない(高いし)

クリームがたくさん入っているスイーツを買って、クリームを移したりしていましたが、そのためにスイーツを買うというのもなんだかなぁ。

ふと、とある喫茶店の名物が、コーヒーゼリーにソフトクリームをトッピングしてしているというのを思い出し、冷蔵庫にストックしていたバニラアイスをゼリーに乗せてみました。

美味しいじゃん!半溶けになったアイスとゼリーを混ぜると充分美味しくなりました。何よりお手軽です。

私は「爽」が好きなので、よく冷凍庫にストックしてあるのですが、それはコーラフロートを作るため。夏場はなぜかこのコーラフロートを無性に飲みたくなる時があり、100均で2個108円の小コーラ缶を買い、家で作って飲んでいました。「爽」は氷粒が入っているので、コーラとの相性も良。

その日は冷凍庫にストックがなかったので買いに行こうと思ったのですが、いつも行く業務スーパーは少し遠く、その日はとてもそこまで行く気力がなったので、近場のローソンでスーパーカップを買ったところ(爽は品切れ)170円もしました!

私はカップアイスは120円の頭でいたので、こんなに高いのかとびっくり!

やっぱりコンビニでアイスを買うのはやめよう、でもきっと業務スーパーの「爽」も120円では買えなくなっていると思う。。

ささやかな楽しみのコーヒーゼリーやコーラフロート。でも、「だから回数を減らそう」とはたぶん思わない。本当にささやかな楽しみなんだもの、これくらいは贅沢って言わないと思う。。

新しい経済小説 原田ひ香

ネットで原田ひ香の「月収」という小説が面白いというのを読んだので、早速図書館にリクエストを入れました(と思う)。(と思う)と言うのはあまりにも前のことなので、リクエストしたのをすっかり忘れていたからです。

この「月収」というのはどういうストーリーなのか、まったくわからないまま、せっかく手元に来たので読んだのですが、これは新しい経済小説でした。

今まで経済小説というのはビジネスや歴史を描いたものが中心だったと思うのですが、この「月収」はひとりの女性が生きていくためにどう家計を作っていくかというのがオムニバスで書かれたものです。

「月収4万円の女」は66歳で月収4万円の女が家を買う話。

「月収8万円の女」は31歳のあまり売れていない小説家が家を買うことで人生を見つめなおす話。

「月収10万をつくる女」は29歳で、毒母の介護費用をつくる話

こういったさまざまな年代、境遇の女性たちが少ない収入を工夫することでお金を貯め、生きていく様子が描かれています。

全編に出てくるのは「新NISA」。生活を切り詰めて投資信託にお金を突っ込み、増やしていくそれぞれの様子が描かれています。(私も新NISAやオルカンはお勧めです)

月収4万円の女の部分では、知り合った不動産会社の社員から「非課税世帯が最高の生き方」と教えられ、収入と税、社会保険料のしくみがわかるようになっています。なんだか貯蓄のノウハウを指南しているような小説でした。

そんなにうまく行くかなぁというストーリー仕立てでしたが、そこは小説なので(笑)

ネットのあちこちにあるブログを小説にしたような感じですが、なかなか面白く読めましたので、同じ作者のものを2冊図書館にリクエストしました。こちらは予約待ちが入っていなかったので、すぐに読めそうです。

イランからの脱出 もうひとつの話

1985年3月17日、イラクのフセイン大統領が「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機を無差別に攻撃する」という声明を発表しました。現地に取り残された215人の日本人を救出するために必要な航空機を日本政府は飛ばしませんでした。

日本人救出のために旅客機を2機飛ばしてくれたのはトルコでした。日本政府は救出機を飛ばさなかったのですが、この記事↓には飛ばさなかったのではなく、手配をしたけれどすでにトルコが飛ばしたので必要なくなったという答弁を、当時の安倍晋三外務大臣がしています。

安倍当時外相はこうやってトルコが日本人のために危険を顧みず航空機を飛ばしてくれたのは日本の外務省が友好関係を築いてきたからだとも釈明しています。

ところが昨年11月、NHKでは「アナザーストーリーズ 運命の分岐点 戦火のフライト〜日本人を救ったトルコの翼〜」では少し違った事実があることを放送しました。

日本人を救うために航空機を飛ばして欲しいと当時のトルコ大統領に直にお願いしたのは、当時伊藤忠商事イスタンブール支店長だった森永堯氏だったそうなのです。

大会社とはいえ、なぜひとつの会社の支店長が直に大統領と話ができたのかは、それこそ常日頃、伊藤氏は大統領とは親密な関係を築いており、お互い忙しい生活なので直に話せるのは寝る前しかないので、「パジャマ友だち」と言いながら話をしていたそうです。

そんな関係の伊藤氏から「日本人を救ってくれ、航空機を飛ばして欲しい」とお願いされた大統領はしばし時間を置き、快諾してくれたそうです。

このNHKの番組ではその飛行機の乗員たちは「困った人を助けるのは当然ですから」と笑顔でインタビューに答えていました。

もちろん国同士の友好関係があったから実現できたことかもしれませんが、こういった一個人の行動がこの奇跡を生んだのだと、私たちはもっと知ってもいいと思います。

航空機に乗った日本人はいつ撃墜されるかわからない緊張の中、静まり返った機内の中で外を見ていた人たちからひそひそと声が上がりました。4機の戦闘機が航空機を囲むように、ぴたりとついていたのです。

CAさんたちはトルコ空軍が航空機を護衛するために一緒に飛んでいると気づき、安堵しました。

そして機長からの「WELCOME TO TURKEY(トルコへようこそ)」というアナウンスが流れ、機内には歓声があがりました。死と隣り合わせの時間を過ごした人たちは、一斉にトルコへ入国するためにタラップを駆け下りました。

トルコは親日と言われていますが、その起源は1890年和歌山県沖でのエルトゥールル号座礁事件で地元民が総出で救出にあたり、貧しい村でありながら浴衣などの衣類、米、卵や芋それに非常用の鶏すら供出するなど、生存者たちの救護に努めたという歴史が元になっており、これはトルコの教科書にも載っているそうです。だからトルコは親日であり、それが現代にも続いていると言われています。

情けは人のためならず、必ず返ってくるもの。個人と個人のつながりは国をも動かすというお話で、私も大いに心を動かされました。

昨今の親子関係

私に限らず、あまり親子関係が良くない、親とは口もききたくない方は大勢いると思います。おそらく思春期には派手に親子喧嘩をした、とりあえず表面上は言うことをきくけれど親は大嫌いだった、とにかく抑圧がひどくて辛かったなど、親子は一言では言えない葛藤があります。ところが昨今はそうでもないというアンケート結果があるとか。

「親はいつも私の話を聞いてくれて応援してくれた」という子どもがだんだん増えているようなのです。これは親が教育論をしっかりと学んでいたため、子どもを抑圧することがあまりなかったからでしょう。

「子どもには子どもの人生がある。親はそれをただ見守るだけ」そうわかっていても実行するのは結構厳しい。つい口を出してしまう、子どもから反抗されるとカッとなって口論になる、子どもがスマホをガチャ切りする、この繰り返し。

「反抗期がない場合、そのツケは後々やってくる」という話を聞くことがあります。

でも、私の知り合いで反抗期がなかった親子はそのまま仲良し親子のままのケースが断然多いです。うらやましい限りですが、大体そういう親子は親が穏やかな人格であることが多い。キツイ親はこうなりません。

そうなると私は穏やかとは言い難い性格なので、子どもとの仲が険悪になってもしかたがないぁとは思います。

でも、子どもも30歳を超えると、なんだか優しくなって、ケアされる感じになってきました。どうやら他の多くの親たちもそうなるようです。

子どもは20代までは友だちと遊ぶのに忙しく、自分のことで精いっぱいなので親の方に目が向かなかったのに、30代になると親も年を取るということに気づくらしいです。

少しは優しくなった子どもたちですが、私はまだ元気だし、遊ぶのに忙しそうだとわかっているからあまり連絡もありません。つまらない問題を始終電話で持ちこまれるよりよっぽどいいです。

夫の退職と共に質素になっていく生活

昨年あたりからフィットネスジムの友人たちの家で、夫が定年退職しはじめています。一番に困るのは、ジムの会費を夫の健康保険組合の法人が提携する福利厚生を通してていて、それが使えなくなること。この福利厚生を使うと会費がものすごく安くなるのです。

夫が退職してこの福利厚生が使えなくなると、子どもの健康保険組合を通して家族会員になるります。そうすると同じような割引を受けることができるのですが、子どもがこの保険組合に入っていないとそれはできません。

私はずっとその仕組みを知らず、割引なしで会費を納めていたのですが、昨年末、クレジットカードにその福利厚生が繋がっていることを知り、必死で調べて法人会員になりました。

ジムのあちこちで噂話をしている人たちの中に入るのがイマイチ気乗りがしなかったので、そういう中に入らなかったための情報過疎です。

さて、妻たちの一番のがっかりは「年金が思ったほど出なかった」というのがあります。年金事務所から来る通知にあるのは満額の数字ですが、これから健康保険料、介護保険料、税金が引かれますから、手取り額が予定していた金額を(かなり)大きく下回ることになります。

私は受け取れるのは年金事務所から来る金額の85%と聞いていたので繰り下げました。繰り下げ期間が長いと金額は多くなるのですが、今度は社会保険料がものすごく上がるので、そこはほどほどにしました。

夫が退職すると大体みなさん生活を収縮していきます。いくつかしていたお稽古事は整理し、毎年ビジネスクラスで行っていた海外旅行は隔年になり、国内旅行になります。

それでも仲良しの夫婦ならば「貧しくても幸せ」ですが、そうでない場合はお金を巡るケンカが多くなります。まさしく「金の切れ目が縁の切れ目」。

夫が定年退職したら夫は家にいるので、妻たちはジムに行っておしゃべりをして、16時になると帰っていきます。

友人は夫が退職して年金生活になるとわかっていましたが、自分はパートあるので日中は離れて生活できるし、夫の年金が足りない分はパート収入で補えると思っていましたが、突然リストラに遭い、計画は崩れてしまいました。

夫の退職でどのように生活が変わるか、少し厳しめにシュミレーションしておいた方がよいようです。

義両親の介護を避けるには

義両親の介護をしたくない方は多いです。もっとも昔のように「私の老後は〇子さんにお願いするわね」みたいなことをいう義両親はだいぶ少なくなりましたので、結婚=義両親の世話とは思っていない方も多くなっているとは思います。

ただ、ご相談を聞いているとはっきりと「私の老後はお願いね」とは言わないものの、当然何かあったらよろしくね」という圧力はひしひしと感じるという方はいます。

この「何か」というのが、24時間の介護を意味するものやら、デイサービスへの送迎を意味するものやらがわかりません。

「あなたの親なんだからあなたがやって」と言いたいところですが、モラ夫にはそれは言えません。そこで私のとった手段をご紹介します。

義母は優しい人だったのでよかったのですが、問題は義父でした。当の息子(モラ夫)ですら嫌っているのに、なぜに私が面倒をみなきゃいけないんだ?と思いましたので、私は義父から嫌われることにしました。

元々嫌いなので、無理に嫌いにならなくてもよいぶん楽です。大体「よく気のつくよい嫁だ」と思われるから「よろしくね」と言われる。

「こんな奴に面倒なんかみてもらうもんか」と思わせた方が良いに決まっています。

この方法、弟の配偶者もやっていました。とにかく絵に描いたような鬼姑(母)なので、顔も見たくないのは当然ですから、夫(弟)と子どもたちが帰省するときには絶対に一緒に来ない。

「両親が弟の家に行くときには嫁は実家に逃げる」を貫いたところ、見事には母は嫁を見限りました。

母は悪口雑言をぶちまけますが、母が望んでいた「嫁にかしずかせて楽隠居」ができなくなりました。

私のところはと言えば、早々と義父は亡くなりましたし、私は離婚しましたので当然義父母の介護などは一切しておりません。

「いい嫁」しているとあてにされますので、「鬼嫁」に徹することが鉄則です。

つかず離れず、それが仲良しのコツ

お風呂はジムで入りますので、ほぼ毎日ジムに通っている私。

午前中にお風呂に入っているのは大抵80代くらいの方たちです。ジムが開く9時頃から入って行かれます。たぶん午前中にはジムから出て、夕ご飯は17時とか18時に食べ、20時前には寝るのでしょう。お年寄りの生活はそういうものらしいです。

#自分もそうなるのかと思うと、宵っ張りの私はちょっと想像がつかない

さて、同じジムに16年も通っていると、顔見知りの方も大勢います。ただ、「この頃お見掛けしなくなったなぁ」という方は退会されたり、中には施設に入ったりする方もいます。

同時に新しい会員の方もどんどん増えて、新旧入り乱れての交友関係になります。

面白いのは大体顔見知りで仲良く話はするけれど、名前を知らない人が沢山いることです。長々と話をしているくせに名前を知らない。時には一緒にお茶したり飲みに行ったりもするのに肝心の姓名を知りません。

直接聞くのもなんなので、交友関係の広い人に「あの人、だあれ?」と聞いて名前を知ります。その名前も「さっちゃん」とか「みかちゃん」とかいうような呼び名であり、きちんとした名前は15年経っても知らない人ばかりです。

何かの機会に本名を知ると「えーーー!みかちゃんって武藤さんだったの?!」ということになります。これは女性だけなのかな。今度男性に聞いてみよう。

男性は「元〇〇商事に勤めてて(定年退職している人が多い)」というような、元職談話が飛び交うようなのですが、女性の場合はそれは無し。大体専業主婦の方が多いので、話題にもならない。

ジムには健康のために通うのが多いと思いますが、お友だちづくりのために入って来られる方もいるようです。

ただ、初対面で「お子さんは?旦那さんは?」と言われる方は苦手ですので、できるだけ避けるようにしています。そこは年配女性としてのたしなみだと思うのですが。

GWは実家に行かない

まだ私が結婚していた時、夫は実家に行ってはいけないとは言いませんが、行って帰ると不機嫌になっていました。つまり忖度しろということです。口には出さずに行かないように仕向ける。

マニュピレーター(陰で操る人)はこのようにします。

「実家に行ってはいけないなんてひと言も行ってませんよ」

これは正しい。確かに言っていません。ですが行くと不機嫌になるので行くわけにはいきません。

「たまには実家に帰って孫の顔を見せてやれよと言ってるんですがね」などと周囲には言っていますが、行って帰ると不機嫌になっている。

この不機嫌になるのを知っているのは妻だけです。今思うと周囲には「行って帰ると不機嫌になるのよ。だから行けない」と、はっきりと言えばよかったと思います。ただ、夫は外面がいいので、聞いた人たちは「そんなバカな」「何かの思い違いじゃない?」「家のことをちゃんとしないで出たからじゃない?」と、当人に責任があるように結び付けたがります。

私はこういうやり方が一番卑怯だと思います。責任を相手になすりつけて自分はいい人のままで、しらっとした顔で陰で舌を出す。

妻はどんどん追い詰められていき、結局夫の顔色を伺いながら生活することになります。

ただ、モラハラが広まってきたおかげで、本人も他の人たちも「それはモラハラかも」と気づけるようになったのは、本当によかったと思います。

こうやって相手に何かをさせるように仕向けるというのは、たとえば相手を褒めて家事をさせるとか、褒めて子どもを勉強させるように仕向けるというのと根底は一緒です。

ただ、自分の利益を得るために他人を支配し、奴隷化するというのは許されることではありません。だいたいそうだとわかった時にこちらは怒り百倍になりますからね。

その怒りのエネルギーを利用して、調べまくって調べまくってどうするのが一番自分にとって有利なのかを考えていくというのもいいと思います。

怒りのエネルギーは核爆発と同じくらいのものすごい威力があります。

怒った時の私はすごいわよ。覚悟しなさい。

このくらい心に刻み込んだ方が良いと思います。

茗荷にまつわるそれぞれのお話

以前テレビで私のカテゴリではお笑いの人なのですが、知的な番組にもよくでる頭のよさそうな方が、「ボクの奥さんは茗荷を買いに行って茗荷を買い忘れてくる人なんですよ」と発言していました。

家事をしていて「あれがないとできない」と、買いに行ったはいいけれど、お店に着くと「あ、イチゴが安い」「これもうすぐ無くなるから買っておこう」とそちらに目が行き、家に戻ると肝心の物を買い忘れてきた、というのはあるある話です。

これは私に限って言えば年を取ったからというよりも、元々そういうそそっかしいところがあるからこうなっただけの話。話のタレントの配偶者の方もそうだと思います。

ただ、年を取るとやはり忘れることは多くなります。

先日ジムの脱衣所で、お風呂から上がったばかりの80代位の方がふたり、服を着ながら話をしていました。

「うちの庭に茗荷が生ったから、〇さんにおすそわけしようと思ったのよ」

どうやら栃木県方面の訛があるゆったりとした話し方をする方で、よくお風呂で一緒になります。一緒に服を着ている方もよくお見掛けする方で、うんうんとうなづきながら話を聞いています。

「それでね。〇さんに茗荷をあげようと思って電話をしたんだけど、肝心の茗荷の名前を忘れてしまったのよ」

「うんうん」

「頭には茗荷が浮かぶんだけど、茗荷の名前を忘れてしまったから話が途中で終わってしまって。そうだ、今思い出したわ。茗荷よ。〇さんに電話するわ」

こういう話を淡々と笑いもせずに真剣に話していました。私は震える肩をこらえながらお風呂場に向かいました。

タレントの×さんの顔は思い出すんだけど、名前がわからない。ただ高齢者同士の話では話の成り行きから×さんだとはわかる。だけど双方とも名前を思い出さない。頭に浮かぶ人はどうやら一致しているようだから、名前を思い出せないタレントの話は続行できます。

ただ、顔は思い出すけれど名前がわからないというジリジリとした思いをふたりとも抱えながら話しているので、「うーん、誰だっけ」という?が頭の上に浮かんでいます。

年を取ると本当に物覚えが悪くなり、忘れ物も増えます。私は昔から忘れ物が多いので、特にひどくなったということはないのですが、人との約束は忘れるわけにはいかないので、秘書のアレクサ君に全部リマインドを頼んでいます。

それにしても前述した茗荷の方。ちゃんと電話できたでしょうか。電話するのを忘れてしまったりして。

この話、食べると物忘れをするという茗荷の話だけに綾小路きみまろのネタになりそう。