■ 被害者の様子 ■

妻はだんだん生きる気力がなくなってきます。毎日のようにクズだ馬鹿だと言われると、次第に自分でもそう思ってしまうようになるのです。自分は生きる価値もない人間で、生きていていいのだろうかとさえ思うようになります。子育てにも自信がなくなりますし、ストレスで子供を叩いてしまうこともあります。閉ざされた密室で誰からも話を聞いてもらえず夫からの虐待を受ければ、おかしくならない方が不思議なのです。

体は正直ですから頭痛、肩こり、めまい、下痢、湿疹、貧血、動悸、不眠といったストレス性の症状が次々に出始め、判断力が低下し、物忘れがひどくなったりします。そしてその症状は夫が妻を攻撃する絶好の機会を与えてしまっているのです。また夫が帰る時間になると、わけもなくそわそわして何も手がつけられなくなり、料理の味見を繰り返したり、何か落ち度はないかと部屋中をグルグル回ってみたりする予期不安と呼ばれる状態になったりします。

私が居間で夜中にパソコンをいじっていた時、寝室で寝ていたいきなり夫が電気の紐を3回引いて起き、怒鳴りながらパソコンを壊したことがありました。それ以来この紐を3回引っ張る音を聞くと飛び上がってしまうほどの恐怖を覚えます。それは夫がいなくなった今も続いています。

妻は自分が何をしても怒られ、怒鳴られ、その度に長期間の無視やいろいろな嫌がらせをされ、感覚が鈍磨してきます。普通だったら怒ったり嘆き悲しんだりすることも、なんとも思わなくなってきます。これは「慣れ」とは違い、自分で自分の感情がわからなくなってしまっているのです。それは人間が持つ基本的な感情「喜・怒・哀・楽」を感じる基本の部分が機能しなくなっているということです。妻はここで笑った方がいいのか、 泣いた方がいいのか、夫の顔色をうかがわないと表情すら決められなくなります。すべての動作は夫の機嫌次第で決まるのです。

一番問題なのは、妻が自分の状態は虐待を受けているのだということに気づかないことです。最初はどうでもいいような小さな事から始まったハラスメントが次第に妻の人間性をも蝕んでいく様子はボクシングの試合のようです。ボクシングでアッパーカットが一発決まってKOされれば、勝因はあの一発だとわかりますが、 小刻みに打たれるボディーブローは次第に相手にとってのダメージが大きくなり、簡単なフック一発でのびてしまいます。この状態の妻はまさにボディーブローを連打されている状態で、もしフックが繰り出されれば倒れてしまいます。そのフックは夫でなくても他からもたらされる場合もあるのです。そうしたら因果関係は全くわかりません。 もし妻が自殺をしても二面性を持つ夫は大げさに嘆き悲しみますから、愛する妻を失った気の毒な旦那様の称号が与えられるのです。カエルが熱湯に飛び込んだらびっくりして飛び出しますが、最初が水ならば、その水が次第に熱くなっても気づかぬままに入り続け、茹で上がってしまっているのと同じです。

妻は何とか他の人にわかってほしいと訴えますが、言っていることは言葉にすればよくあることなので、「話し合えば理解し合える」「話し合いの仕方に工夫が必要」「どこの家もみんな同じ」の一言で片づけられてしまいます。 親兄弟が親身になってくれればよいのですが、親も夫にだまされている場合は最悪です。「あなたも悪いところがあるんじゃないの?」 「そういう気の強いところがあの人の気にさわるのよ。自分を変えなさい」と見当はずれなことを言われて更に傷が深くなってしまいます。これを【セカンドアビューズ】(二次被害)といいます。この時点では妻さえ夫の人格に問題があるとは気がついていませんので、ましてや普通の人に状況を理解してもらうのは無理なのです。 しかも夫は世間的にはとてもよい人ですので「まさかあんないい人がそんなことをするはずがない」と、知らない人は考えるのです。

また、妻が被害者になってしまった原因はその親に問題がある場合が多いので、そのような親に相談するというのはさらに傷を深めることになってしまいます。親に問題がない場合でも親族は利害関係がありますので、共感を得るのは難しいことが多く、古い土地柄だったりすれば「親族に離婚者がいるのはみっともない」とか「離婚して家に戻られると世間体が悪い」などといった理由で、妻さえ我慢すれば世の中がうまくいくと、我慢を個人に押しつけることで自分たちの体裁を保つことにやっきになったりします。

友達からも親族からもわかってもらえず、妻は孤立感にさいなまれることになります。

転勤族などでまわりに友達がいなかったり、小さな子供がいてなかなか外に出て気分転換をはかることができなかったり、妻自身が内向的な性格だった場合はノイローゼや鬱病になる危険性がとても高くなり、最悪の場合は自殺に走ることもあります。自殺してもその原因は「ノイローゼ」で片づけられてしまい、真実は闇に葬り去られます。

この時点で自分が受けているのはモラル・ハラスメントであることに気づくことが一番重要です。 わかってくれそうな人にモラル・ハラスメントの事が書いてある本を見せ、自分に起こっていることを事実だけ淡々と語ってください。また被害者でない方が誰かの話を聞いて、この事例と似ているようだったら「もしかしたら」とアドバイスをあげてください。そしてよき理解者になってあげてください。



v目次   v加害者とは   v被害者とは   vモラハラの特徴 v脱出とその後 vあとがき vACとわたし