野田市児童虐待殺人事件について

父親から暴力を受けて1月24日亡くなった栗原心愛さんの母親なぎさ容疑者がDVを受けていた件について、 スポーツニッポンからコメントを求められましたのでお話しました。

加害者である父親は教科書になりそうなほど典型的なDV加害者。妻だけではなく、子どもにも身体的暴力を 日頃からふるっていました。詳細な情報を持っていたわけではないので知っている限りではということでお話しました。 その中で「DVを受けている母親は恐怖で正常な思考ができない状態になっているので、時には子どもが父親の暴力を 受けていても見て見ぬふりをすることもあるし、中には自分が暴力を受けないよう子どもを夫に差し出す母親もいる」と お話しました。「差し出す母」は私の母がそうだったので、容易に想像できました。

コメントは私のDVと児童虐待の両方の被害者としての感想です。記事が出た日の夕方に「暴力が子どもに行けば自分は暴力を受けないだろうと思った」と いう供述が出てきました。こぞって世の中の人たちは「なんてひどい母親だ」と責立て始めました。 「母親なら身を挺してでも子どもを守るだろう」というのが一般常識ですが、元々この家は異常な家ですから、一般常識は通じません。

もちろんDV被害に晒されていたからといって、子どもを見殺しにしていいとは言いません。でも、虐待を知っていていながら放置したのが罪というならば、恫喝に怯えて子どもを家に戻した児相も、守秘義務であるアンケートを渡した教育委員会も同罪ではないでしょうか。 どちらも加害者からの巧妙な訴訟をちらつかせる恫喝に屈して、子どもの命を差し出したではないですか。

教育委員会や児相が怯えてしまうほどの恫喝する加害者ですから、母親が飲み込まれてしまうのは当たり前です。教育について最高の教育を受けている(はずの)教育委員会は自分のテリトリー内に加害者がやってきて、そばにたくさんの職員がいる(仲間がいる) のに「精神的に追い詰められて出してしまった」と言っています。どれだけの凄みがあったか、それを狭いアパートで10歳と1歳の子どもがいて、孤立無援の中で、夫を諌める ことがどうやってできるのか。

暴力が1度2度ならば「やめなさいよ」と言うかもしれませんが、もう10年以上暴力に晒され、暴力が日常的になっている家庭に一般常識は通じません。 どうして逃げなかったんだも、同様の事件があれば必ず言われることです。

今回の加害者は目に見える暴力の他に、巧妙に人を怯えさせる話術を持っていました。このサイトに長く来られていて、DV加害者との離婚がどれくらい大変かご存知と思います。調停委員を丸め込み、あたかも妻が加害者であるかのような印象を持たせ、いい父親を演じるのがこの手の加害者の典型です。よしんばうまく離婚できたとしても、現在、あの「面会交流」で延々と恫喝が続きます。 現在行われているDV被害者への強制的な面会交流でどのような恫喝が行われているか、見て見ぬふりをしている司法に関わる人たちが、なんと多いことか。 大人たちがなんとか時が過ぎればいい、今だけやり過ごせばいいと思っている限り、同様の事件は続きます。

政府は児相で勤務する児童福祉司を2020人増員すると言っていますが、果たしてそれが機能するのか、私は甚だ疑問です。 まず、この種の仕事は資格より経験です。有名大学法学部を卒業した新人刑事と、高卒のキャリア30年刑事のどちらが有能か、どう考えても”使える”のは後者です。前者は数年後まで、まったく使いものになりません。 私の知人で児相に勤務したことのある人がいます。県職員の人事異動で児相勤務になりましたが、出勤が嫌で嫌でしかたなく、辞めることも考えたそうです。児相は最も嫌がられる異動先のひとつだそうです。児相は早く異動したいと思いながら嫌々勤務している人が少なからずいることになります。

資格のある人を大量採用しても、実際に使えるようになるまで、最低でも5年かかります。それもきっちりとスーパーバイザーについて修行してです。そうやって育てた人材は宝です。宝は大事にしなければなりません。 「増やす」といった児童福祉司にはどのような待遇を用意しているのでしょうか。正規職員ですか?いつでも切れたり雇い止めができる非常勤ですか?おそらく後者ではないでしょうか。

日本の行政は人材を大切にしようとしません。「公務員希望者はたくさんいるから、辞めたらまた別のを採ればいい」と思っているのでしょう。とにかく形さえ整えればいいのです。 児相だけでなく、各自治体のDV相談担当員も同じです。定年退職する教員で「相談員にならない?(当然非常勤または低賃金の再任用)」と声をかけられたという人がいました。DV支援経験値ゼロの方です。その程度の認識なのです。

ニュースでさかんに「連携、連携」と言っていますが、連携には信頼が必要です。形だけでない、本当の連携には個人の資質が求められます。アホな担当者に個人情報を渡すのはむしろ危険だからです。組織のものでなく、個人的な信頼を構築するには長い年月がかかります。そして異動は頻繁。

DVや児童虐待を専門に扱うスペシャリスト部門が必要です。ただし、異動は必要です。流れない川は淀みます。一箇所に長くいると新しい情報に触れる機会がなくなってしまい、進歩が止まります。同じ県内でスペシャリストが流動するシステム構築が必要と思います。


   2019.2.11 モラル・ハラスメント被害者同盟管理人 熊谷早智子


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